潜伏 Vol.4

潜伏 Vol.4

「法子がどうやってこれを調べたのか、想像もつけへんけど」

そう言って、源三は一呼吸置いてから解説を始めた。話しは昭和三十年にまで遡った。当時、乳児用の品質が落ちた粉ミルクの味を良くする為、リン酸ナトリウムを加えて製品化していたのだが、その段階で不純物のヒ素が混入されるという、ヒ素ミルク事件が起こっていた。粉ミルクを飲んだ乳児達は高熱を発し、腹部の膨張と供に皮膚が黒く変色するヒ素中毒を起こし、被害者は12000名に登った。内128名が死亡している。更に最悪な事に、生き残った殆どの乳児が脳性マヒや知恵遅れの後遺症に犯されていたのだ。若い親達は恐れを為して、積極的に子作りを行わなくなってしまい、それを切っ掛けに少子化の現象が始まる。併せて、当時の栄養事情もあって不妊症の患者が続発していた。事の深刻さに頭を抱えた政府は、旧厚生省に通達をして、不妊治療の研究プロジェクトを発足させる。数年後、プロジェクトチ-ムは排卵誘発剤R(ア-ル)を開発した。昭和三十五年から被験者を募ってTESTを行うが、目覚ましい成果を挙げられないまま、五年後プロジェクトは突如、凍結されたのだ。

「レポ-ト型式で書かれているから、多分、法子が卒論の為に書いた物やと思う。ヒ素ミルク事件をテ-マに調査してて、不妊症のプロジェクトを知ったんやろ。レポ-トは膨大な内容やから掻い摘んで言うたけど、かなり突っ込んで調べられてる。被験者のリストとプロジェクトに関わった関係者もリストアップされてあった」

「まさかリストに一ノ瀬夫婦の名前が?」

「それがあったんや。レポ-トに続いて浅田ミチエの事件当時、調べられた取材ノ-トもあった。つまり、法子は排卵誘発剤Rとミチエの事件に繋がりがあると睨んだんやろ。研究は成果を挙げてへんけど、被験者の中にRで妊娠して出産した者が居ったんや」

「一ノ瀬夫婦がRによってミチエを出産したのね。他にも被験者の中に出産した者は居るのかしら」

「残念ながら、出産報告リストは載ってなかった。法子もそこまでは調べられへんかったんやろうけど、他にも生まれてる可能性はある。ただ、ミチエに関して最初の措置入院先で撮られたCTから、脳の一部が奇形やったんが発見されてる。それがRの副作用やろ」

清美の表情が見る見る内に変わっていった。

「Rの副作用によって脳が奇形化し、ミチエは事件を引き起こした。その事が発覚するのを恐れて隠蔽工作が行われたとしたら、プロジェクト凍結後、二十年もの間ほったらかしにしていたことになる」

そこまで黙って聞いていた高峰が、確信を得た表情になった。

「Rの副作用の影響でミチエは特殊能力を持ってしまった。未だに精神病院に隔離されているのは研究対象にされたんだ。ミチエは被害者だよ。とんでもないね、政府の人間は。これじゃ、踏んだり蹴ったりだ」

「これで公安関係者が、動いていたのを納得できた。総てを公表すれば、パニックが起こるわ」

意外にも源三が清美を制してきた。

「公表はまだしたらあかん。他にも生まれた子供が居るか調査しなあかん。そいつ等やって特殊能力を持っているかもしれへんし、既に事件を引き起こしてる可能性やって十分考えられる。もしかしたら、そいつ等も隔離されてるかもな。あくまでも、これは法子の取材ノ-トや。全部、鵜呑みにする訳にはいかんやろ。もう一度、洗い直して裏を取る必要があるで。そっちの方は俺とマスタ-に任せてくれ」

マスタ-が運転席から大声を張り上げてきた。

「おい!ぼちぼち売り出されるぞ」

Vol.5へつづく