再捜査 Ⅱ Vol.1

再捜査 Ⅱ Vol.1

年が明け、清美は二見課長に招集され、慣れ親しんだ中野東署の取調室に居た。久しぶりに会う二見課長は披露のためか、白髪が目立っていて発する言葉に力が無かった。

「お前を信じてやれなかった自分に嫌気が刺すよ」

どう考えていいのかさえ思いつかない清美は思考回路を何とか稼動させて二見課長に応じようとするが、まるで言葉にならない状態にいる。現実と非現実の世界が交差していて全く像を結ばないのだ。

「丸尾教授の家をもう一度捜査し直したら、PCのキ-ボ-ドから野村雄一の指紋が検出された。つまり、あの告発文は偽装された可能性がある。今更と思うかもしれないが」

清美はエッとなって二見課長を見た。

「今井事件に関する捜査本部が再開されたんだ。美濃部さんの、たっての希望でお前を復帰させたがっている」

清美の中で怒りの感情がフツフツと沸き上がってきた。警察の失態をマスコミで話題になった清美の名前を使う事で、矛先を交わそうとしているのが見え見えだったからだ。

「お前の怒りはもっともだ。俺もこんな形で復帰はさせたくない。だが、こんなヤマは俺も始めてだ。正直言って糸口すら見つからん。あまりに荒唐無稽過ぎるからな。考えてみてくれないか」

二見課長に対して恨みがある訳じゃない。二見自身が本庁との板挟みになっている事は十分承知している。ピ-ンと張り詰めた捜査員人生が突然プツンと切断され、萎えた糸をもう一度、結び直す気力自体が存在しなかった。応じようの無い要望に無言で答えるしかない清美は「考えさせて下さい」と言うのがやっとだった。

署を後にした清美は、行く当てもなく街をさ迷い、目に付いた映画館の看板を見上げていた。学生時代に一度見たポスタ-が貼ってあった。清美は切符を購入し、食欲は無かったがポップコ-ンとコ-ラを買って暗い劇場に身を沈める様に一番後ろの座席に座った。既に上映は始まっている。暫くして暗闇に慣れてきた目で場内を見渡すと、客席は殆どまばらで閑散としていた。時代から取り残されてしまった古い劇場は、独特の臭気が充満していて息苦しささえ覚えてしまう。スクリ-ンに映し出される映像を眺めていたが、何の映画だったか思い出せないでいた。無意識にポップコ-ンを口にしてコ-ラを一口飲んだ。甘酸っぱい液体が喉奥深く流れ込んでいき、居心地の悪さが加速していく。

「何の映画だっけ」

必死に思い出そうとするが、タイトルすら思い出せないでいた。音質の悪い音響が響き渡って来る。画面に集中しようとすればする程、別の事を考えている自分が居た。二見課長の悲しげな顔が浮かんでは消えていく。時間が止まっているようでもあり、意識しようとすると、あっと言う間に過ぎ去ってしまう。自分の存在すら曖昧になった今、初めて今井源三の心が解かった様な気がして心臓に圧迫感を覚えた。ドキンとした感じが何かに追われている様で、実際は何にも追われていない。惨めだった。場内が明るくなった。客達は無言のまま出ていく。一人、取り残されるのが嫌で、清美も慌てて席を立って劇場を後にした。入り口でポスタ-のタイトルをもう一度、確認してみるが、何故だか覚えは無かった。携帯の着信音が鳴った。何かに追われる様な感覚が一気に吹き上がって来て、現実が無責任に土足で踏み込んで来る。

「谷茂?久しぶりね。ええ。今日、課長に会ったわ。返事はまだよ。いいよ、会いましょう。それじゃあ、新宿の居酒屋でいい?わかった」

携帯を切った清美は、久しぶりに人間の声を聞いた様な気がしていた。事実そうだったが、このまま一人で埋没していくぐらいなら、生理的嫌悪感を覚える谷茂であっても構わないとさえ思える程、清美の孤独感は重圧を増していた。居酒屋へ先に着いた清美は、生ビ-ルを注文して一気に飲み干し、谷茂の到着を待った。アルコ-ルは鋭い感性を軟化させ、鈍感な状態を作り出してくれる。暫くして谷茂が息を切らせてやって来た。

Vol.2へつづく