再捜査 Ⅱ Vol.6

再捜査 Ⅱ Vol.6

翌日、清美と谷茂はタクシ-で明石駅まで出て、観光客を装いながら散策していった。地元の名産でもある明石ダコや明石焼きは、全国的にも知名度を上げているが、それ以外は大して目新しい物は無く、駅前ビルが再開発されている以外は、良い意味で時代と供に風化した建造物が目立っている。日本の標準時間の拠点である天文科学館の存在が、明石市という田舎街を唯一、全国的にさせているのかもしれない。港に面して通称『魚の棚(うおんたな)』と地元では呼ばれている巨大商店街には活気があり、地元の胃袋を満たすには充分すぎる程の海産物が溢れ返っている。谷茂はグルメガイドを片手に目当ての店を捜している様だ。清美は街独特の雰囲気に馴染めないでいた。道行く人々の明けっ広げに話す言葉がうるさいぐらい耳に飛び込んできてイライラするのだ。対称的にそんな雰囲気に馴染んでいる谷茂は目当ての店を見つけたらしく、半ば強引に純和風な店構えの明石焼き専門店に連れられていった。

「明石焼きって、もともと廃棄物を利用して作られたんですよ」

「えっ?」

気が進まないまま店に入った清美にはどうでも良かったが、谷茂はグルメガイド片手に得意気だ。

「明石はべっ甲作りが盛んな街で、べっ甲って卵の白身を原料にしてたって知ってました?それで余った黄身を捨てるのも勿体無いんで、卵焼きを作ったりしている内に、今の明石焼きの原型が出来たそうなんです。目の前の海でタコは獲れ放題だし。丁度、良かったんでしょう」

まな板の様な形状の細長い板に整然と並べられた、まさしく卵焼きと形容した方が良さそうな半円形の物体が運ばれて来る。小振りのおわんに薄い黄金色の出し汁がなみなみと注がれていて、浮かんだ三つ葉の香りが食欲をそそった。谷茂は手慣れた手付きで明石焼きを摘み、出し汁の中で崩しながら旨そうに食べていく。

「東京でも、こいつを食べれる店、結構あるんですけど。やっぱり本場は違いますね。あっちのはもっと固いんですよ」

清美も谷茂がする様に真似て一口、頬張った。トロッと口の中で溶けていったクリ-ム状の食感の中から大振りのタコのしっかりとした感触が、初めて食べた清美に小さな感動を与えた。出し汁も見た目よりしっかり味が付いていて上品だ。

「うまいでしょう。これ、はまりますよね」

谷茂の屈託の無い笑顔が、清美は掛値無しに嬉しかった。常に緊張状態の中に居る者にとって、限界の裏返しだった。捨て去ったはずの感情が最後にもう一度、自己主張しているのかもしれない。

午後になって、みぞれ混じりの雨が降りだした。路面はあっという間にシャ-ベット状の雪に覆われ、歩く度に足を獲られ滑りそうになる。コンビニで取り敢えずビニ-ル傘を購入して、源三の本籍地にもなっている明石市上の丸町を目指した。文字通り丘の高台にある上の丸は、地面が滑りやすくなっているせいもあって上り坂がきつい。

「ここまでが二丁目ですから、一丁目はこの先ですね」

住宅街を抜け坂を登り切った所で、欝蒼とした林が広がっていった。殆どの人は立ち入る事が無いらしく、全く手入れのされていない樹木の間に獣道すら無かった。ツタの絡まったガ-ドレ-ルの向こうは、切り立った崖になっていて、眼下に街が広がっている。
みぞれ混じりの雨から雪に変わり、本格的に降りだした。購入したばかりのビニ-ル傘は降り積もった雪の重みで変形し始めている。

「先輩、どうします?この先、行けそうも無いですけど」

谷茂は降り積もった雪を払い落としながら、嫌そうな顔をした。

「急いでる訳じゃないから」と言い掛けて、何かに追い立てられる様な切羽詰った感覚が清美に襲い掛かった。何の為に源三達は妻の佐和子を奪回したのか?
精神的なショックが激しかった為か、清美はこれまで動機について考えた事も無かった。周到に準備された計画を、何年も掛けて遂行したからには、それだけ重要な何かがあった筈だ。清美は乱立した木々に降り積もっていく雪を眺めながら、考えを見出そうとした。「谷茂、この近隣を聞き込んで。四十年近くも前だけど、台風の事、覚えてる人いるかもしれない」

「台風?」

谷茂が間の抜けた声を上げた。どうやら外観は変わっても、本質は変わっていないらしい。

「いいから、台風の事を知ってる人を捜して。相当な被害が出た災害だから、必ず居るはず」

「先輩はどうするんですか?」

既に捜査員の顔を取り戻していた清美は、無言のまま足を踏み入れていった。

「まじですか、やばいですよ」

谷茂は迷惑そうな顔をしながらも、追い掛けるしかなかった。

「あんたは聞き込んで」

「そんなの後でもいいでしょう。こんな所、先輩ひとりで行かせたら、後で課長に何言われるか」

Vol.7へつづく