再捜査 Ⅱ Vol.8

再捜査 Ⅱ Vol.8

清美は谷茂の悲痛な叫びの意味を感じ取っていた。足元から微弱な電流が駆け上ってきて、顔面をビクンビクンと痙攣させていく。それでも清美は鋭利な圧力に反発するように手探りで玄関口を捜していった。かじかんだ指先の感覚は麻痺していて、ビリビリとした感触が伝わってくるだけだ。谷茂も清美に続いて壁面を探っていく。ガチャと鈍い金属音がした。

「先輩、これ」

光の輪の中に真鍮製のドアノブが浮かび上がった。谷茂は麻痺しかかった両手で無理やり掴んでガチャガチャと回したが、ロックされていて開かない。無理矢理、引っ張ったり押したりもしてみたがビクともしなかった。

「駄目ですね」

落胆した谷茂の声は震えを伴っている為か、言葉に成っていない。清美はしゃがみこんでドアノブのすぐ下にある鍵穴を覗き込んだ。

「この型なら開くかもしれない」

バックの中に手を突っ込もうとするが、冷たく濡れた指先は想像以上に麻痺していて、なかなかジッパーを掴めないでいた。吐き出した息で温めようとするが、白く拡散して消えていくだけだ。見るに見かねた谷茂が無理矢理ジッパーを掴んで勢いよく開いたが、同時に引っ掛かる様な鈍い音がして、谷茂の唸り声が響き渡った。ジッパーに挟まった右手人差し指から、粒状の血液が溢れ出して来てボタボタと垂れ落ちていく。

「ウッ」

反射的に指先を口に含もうとするが、口元も既に麻痺していて吸い付くことさえ出来なかった。

「出直したほうが良さそうね」

「ここまで来たら、何としても入りましょうよ」

谷茂にしては意外な反応だったが、今の清美にとっては心強かった。

「そうね、私達に余裕なんて無いものね」

清美はかじかんだ手を必死に動かして、バックの中から小型ドライバーを取り出し、そのまま先端を鍵穴に突っ込んだ。右へ半回転ほど一ひねりすると、ガチャンと小気味いい音を立てて、いとも簡単に開錠されて行った。清美と谷茂はお互いを見詰め合い、無言で確認を取り合う。続いてドアノブに手を掛け、ゆっくりと回してから奥へ押し込んだが、ビクともしない。もう一度ドアノブを回し直して、今度は手前にゆっくりと引いてみる。ミシミシと音を立てて、ドアが開放されていく。暗い内部から凍り付いた外部とは比べ物にならない程の熱気が、圧力となって噴き出してくる。思わず二人とも顔を背けたぐらいだ。

「中は天国ですかね?」

凍り付いた外気にさらされ続けていた谷茂が、思わず呟いた。

「だと良いけど」

清美は自分に言い聞かせる様に、声を押し殺してペンライトをかざした。狭い玄関口の向こうに、半畳ほどの土間が広がっている。足音を立てないように、ゆっくりと一歩踏み出す。円形状の光に黄色く変色した襖が浮かび上がった。唯一、時間経過を感じさせる瞬間だ。二人とも既に土間の中まで入っている。あっという間に熱気に包まれ、凍り付いた身体が溶解していく。谷茂の緊張が手に取る様に分かるほど、連打する鼓動が静寂の中で響いていた。息を押し殺そうとすればするほど呼吸は荒くなり、窒息しそうな息苦しさが二人に襲い掛かってくる。襖に手を掛け、細心の注意を払ってスライドさせた。そこには更に深い闇が広がっていた。ぶ厚い熱気が質感を増して噴き出してくる。生臭くすえた異臭は、四十年も廃墟を守り通してきた空間にはまるで似つかわしくなかった。

「先輩」

「谷茂、注意して」

叫んだと同時に清美は闇に向かって突入していた。瞬間、ボコッと鈍い音がして、数秒遅れでドサッと鈍重な落下音が響き渡った。反射的にペンライトをかざすと、光の中に谷茂が倒れている。

「谷茂!」

Vol.9へつづく