再捜査 Ⅱ Vol.9


再捜査 Ⅱ Vol.9

激しく揺り動かしても、ビクともしない。微かに呼吸音が聞こえる。押し殺して必死に隠そうとしているようだ。それは明らかに谷茂のものではない。闇のもっと奥からだ。ペンライトをかざすが、実体は浮かび上がってこない。

「出てきなさい!居るのは判っているのよ」

異臭が刺激臭となって清美に襲い掛かった。腐食した畳の上に転がった物体が確認出来る。刺激臭の元はこれだ。ありとあらゆる方面にペンライトをかざしてみる。一瞬、屍蝋化したミイラの様な白い顔が浮かび上がって消えていった。清美は僅かな光源をも失っていた。ペンライトを激しく振ってみるが、再び復活することは無かった。目前に闇だけが広がっていた。前進も出来ないかわりに後退も出来ないでいた。全身を硬直させて身構えていたが、現実感は無い。既に方向感覚を失っている。視覚は機能を失っていた。その分、聴覚が活発に活動し始めているが、意識を集中すればするほど自分の波打つ鼓動が聞こえるだけだ。シューと摩擦音が響き渡った。もう一度響き渡る。今度は小さな炎と共に室内のディテールが浮かび上がった。眩し過ぎる光源は、畳の上に置かれたランタンから発せられているようだ。突然、炎を遮るようにして、人型のシルエットが浮かび上がった。身体つきに見覚えがある。

「源三・・・」

思わず口を付いて出た言葉に、清美自身ハッとしたほどだ。フィードバックされたフレーズがディレイしながらフェイドアウトしていく。

「何で、わざわざこんなとこまで来たんや」

言いたいことは溢れるほどあった筈なのに、清美の口をついて出る言葉は一言も無かった。室内を見回してみる。マスターと高峰こと、野崎夫妻が腕を飲み込むようにして横たわっている。既に見慣れた光景だ。一番奥の壁にもたれ掛った源三の妻、佐和子がランタンの炎にチラチラ照らされている。死んでいるのか、生きているのか、ここからは確認できない。

「私を利用したのね」

シルエットは明らかに頷いたが、表情までは読み取れなかった。

「どうして私を・・・。丸尾教授の家族まで巻き込んで。目的の為だったら、人の命なんてどうでもいいんだ」

清美の悲痛な叫びを、源三の抑揚の無い声が遮った。

「昔・・・、この家で犬こうてたんや。メリー言うてキャンキャン吠える犬やった。俺が生まれる前から飼われてて、家族のみんなに愛されてた。けど、俺が生まれてみんなは・・・。あいつ、俺のこと憎かったんやと思う。俺、なかようなろうと思て、お菓子持って行ったんや。俺、ほんまになかようなろう思て、犬小屋の中に手突っ込んでん。覚えてるんはそこまでや。今でもはっきり覚えてる。あいつの憎悪に満ち溢れた目を・・・。ヨチヨチ歩きの幼児に何が出来る?そやけど、全てはここから始まった。ここに来て、初めて断片的やった記憶が全部繋がった。思てたほど混乱せーへんかった。知らんことの方が、やっぱり怖いんや。知ってしまえば、たいしたことない」

「だったら、どうしてマスターや高峰を」

「こうするしかなかってん。二人とも限界やったからな。ここに来て二人の・・・」

シルエットが後方にいる佐和子の方を振り返った為、初めて源三の表情が露わになった。

「いや、三人の望んでることが解った。俺は、その望みを叶えたるだけや。その為やったら、何でもする」

「そんな勝手な理屈、通る訳ない」

「怪物を生み出したん、お前ら側の人間やないか。そっちの道理が通っても、こっちのはあかんのか」

大いなるプロジェクトと世間から絶対隔離された失敗の産物。恥ずかしげもなく、必死になって覆い隠したのは紛れもない事実だ。本人達に人間としての権利は無い。崩壊するのをじっと待っていただけだ。どんな時でも犠牲は付き物だが、代償があまりにも大きすぎた。

Vol.10へつづく