再捜査 Ⅱ Vol.10

再捜査 Ⅱ Vol.10

「別にこんな、しょうもないこと・・・。公表するんが目的やった訳や無い」

「それじゃあ、一体何のために。関係の無い人間を次々に殺害して。そんなことをしてまでも達成しなければならない目的って、何なのよ」

「お前らに言うても、解らへんて」

源三の抑揚の無い声が、計り知れない憎悪を浮き彫りにしていった。垣間見る表情は、清美の知っている源三のものでは無かった。既に正気を失っているのかもしれない。全てを知って、正気で居られることの方が不思議なぐらいだ。シルエットの奥で何かが光った。たぶん眼球に映し出されたランタンの炎だろう。そう思うしかなかった。いや、思いたかったのだ。明らかなのは清美の身体が重力に反して浮いていることだ。背骨が反り返った体勢で回転していく。室内の情景が目まぐるしく変化しながら天井がまじかに迫ってくる。遠心力で口元がだらしなく開いたまま、更に回転は加速していく。限界まで拡がった口元は、顎の骨が外れるのを待つばかりだ。ギィーギィーと金属と金属が擦れあう様なノイズが耳を直撃した。遠心力に反して、右手が口元めがけて吸い込まれていく。加速する歪な回転がピタリと止まり、凄まじい遠心力から開放される。エビゾリの体勢で空中に浮遊したまま、右手は無理矢理、口中にねじ込まれていった。胃の壁面から凄まじい嘔吐感が突き上げてくるが、噴出してくる勢いと逆行する様に右手は喉元深く吸い込まれ、全身が痙攣している。ミシミシと炸裂音を立てて、顎の骨が悲鳴を上げていた。込み上げてくる嘔吐感が切れ間無く襲い掛かってくる。恐怖を感じた瞬間、現実が一気に襲い掛かってきて、例えようの無い苦痛が清美を直撃した。身元不明の少女、田所法子、甘利教授、丸尾夫婦や娘の弥生、生まれたばかりの子供、そして目の前で絶命している野崎夫婦も、この苦痛を一身に浴びていったのだ。膨大な時間が経過しているようでもあり、もしかしたら一瞬の出来事かもしれない。苦痛は際限なく繰り返され、終わることはないだろう。丸尾一家や谷茂までも巻き込んでしまった後悔の念だけが清美を支配していた。源三への思いが蘇ってくる。嘘偽りない心を利用され、裏切られた。自分の存在は一体、何だったのか?存在価値すら無かったということか。意識が遠のいていき苦痛から開放されつつあったが、ぎりぎりのところで脳の活動はまだ停止していない。視界に佐和子が飛び込んで来た。笑っている。今、はっきりと解かった。彼らは断末魔の苦痛を餌に生きているんだと・・・。そろそろ限界が来たようだ。源三の苦痛に歪んだ顔が視界にくっきりと焼きついた。これが生きている内に見る最後のビジョンだろう。突然、鼓膜が割れんばかりの炸裂音と空気の層を切り裂く加速ノイズにシンクロして、源三の額に小さな陥没が形成されていった。次の瞬間、源三の後頭部からドロドロになった脳ミソが凄まじい勢いで噴き出し、佐和子めがけて吹き飛んでいった。一瞬にして、拘束された歪な浮遊感から解放された清美は、重力を伴って落下していく。周りの風景は恐ろしい程ゆったりと流れている。視界に二見課長と美濃部を捉えた瞬間、源三の身体が宙をゆったりと舞いながら崩れ落ちていく。同時に清美の身体も地べたに叩き付けられていた。視界が銃口を捕らえる。間違いなく自分に向けられている。何故、自分はここに居るのか。ひとつの疑問が湧き上がってくる。考えるまでもない。二見課長によって誘導されたのだ。それを支配しているのは公安本部にポストを得た美濃部だ。自ずと答えは導き出される。源三と全てを知る清美を排除するためだ。彼らは源三達がこの廃屋に潜伏していたのを知っていたに違いない。それ以上に荒唐無稽な力が存在する事実をもだ。二見課長ノートの意味を知る。あれは警告だったのだ。しかし、それは自分を抹消するという表裏一体の意味が含まれていた。乾いた炸裂音から少し遅れて硝煙が巻き上がり、空気の層を切り裂くノイズと共に弾丸が自分めがけて加速してくる。ぎりぎりのところで軌道を反れた弾丸は、腐食した畳に突き刺さりボコッと小さな噴煙を巻き上げた。耳を直撃する金属と金属が擦れあうノイズが走った。闇の中から加速して来るようだ。視界を浮遊した佐和子が凄まじいスピードで加速していった。一瞬、こちら側を向いて笑ったようにも見えたが、表情のない陥没した目元がランタンの炎に照らされただけかもしれない。肉と骨を噛み砕くようなクラッシュ音と共に叫び声が共鳴した。間髪入れずに血のむせ返るような腐臭が、室内から溢れんばかりに充満していった。嗅覚が捕らえた腐臭こそが、生きている唯一の証しだった。室内の壁や天井が四十年間という途方もなく長い年月を一気に加速するかのごとく腐食していく。スポンジ状にスカスカになった柱がボロボロと崩れ落ち、室内は一瞬にして朽ち果て崩壊していった。

エピローグ へつづく