エピローグ

エピローグ

晴れ渡った空に、長い煙突から純白の噴煙が噴き上がっている。風が無く、一直線に立ち昇っていく煙は天に召されていくようでもあった。清美は火葬場の臭いが嫌いだった。ビスケットを焼いたような臭いが、人の死と直結しないからだ。二見課長と美濃部の合同葬儀がしめやかに執り行なわれていた。

「マスコミがまだ表はってますから、こちらからどうぞ」

清美は谷茂に誘導されるまま、車の助手席に乗り込んだ。

「裏門、開けといて貰いましたから」

「谷茂、あんた段取りよくなったじゃない」

谷茂は猛スピードで裏門を通過し、そのまま国道246号線に向かって走らせていった。

「清美さん、昇任試験諦めたんですね」

名前で呼ばれるのは妙な気がしたが、変な壁が取っ払われたようで悪い気はしなかった。

「管理職はパス。知らなくてもいい事まで知らなきゃならないし・・・。そこには真実は無いから。それよりあんたはどうすんのよ」

「自分ですか?自分はこれからバリバリ昇進しますよ。どっちみち現場向いてないですから」

笑った谷茂の横顔が随分大人びていた。あれほど生理的嫌悪感を覚えていたのに、今は不思議とない。事件は既に風化し始めていた。世間では次々に起こる別の事件に興味津々のようだ。最もそれで良かったのだ。ニュース自体がワイドショー化している為か、人々は現実と非現実を混ぜこぜにして通過しているだけかもしれない。忘れ去られるのも時間の問題だ。被疑者死亡のまま書類送検された本件は、今更マスコミも掘り起こすことは無いだろう。車は国道246号線を神奈川県大和市方面に向かって走っていった。市街を通り過ぎると直ぐにのどかな田園風景が広がり、暫く走らせていると高いフェンスに囲まれた窓一つ無い巨大な建造物が現われる。駐車場に停車し、改めて見上げると独特の圧迫感があった。

「何度見ても、デッカイ墓にしか見えないですね」

谷茂が言うのも無理無いぐらい、コンクリートで固められた窓一つ無い要塞は、ただただ無機質でしかなかった。エントランスに入ると天窓から自然光が差し込んできてクリーンな空間が広がった。清美は面会受付の窓口へ向かった。

「中野署の中川です。はい、予約しておいた」

窓口から警備員が顔を覗かせ、カードキーを差し出してきた。清美は手馴れた手付きでエレベーターホールのロックに差し込む。ロックが解除されドアが開く。二人供ほぼ同時に乗り込んでいく。エレベーター内に操作パネルは無い。そのままドアが閉まりスムーズな動きで上昇していく。最上階に停車し、ドアが開くと目前に立方体のがらんどうが広がっていった。壁面に無数のモニターが埋め込まれている。一面に100個ぐらいのモニターが設置されている為、全ての面を換算すると400個程のモニターに囲まれた空間内部ということになる。現時点ではどのモニターも稼動していない。白衣姿の佐世保院長が出迎えてくれた。

「また刑事さんですか。ご苦労様です」

「その後どうですか?」

「291号室の住人が戻ってきましたからね、平穏なもんです」

佐世保院長がリモコンを取り出し操作した。モニターが一斉に稼動し、各隔離室の様子が映し出され、フロアー全体が生き物のように息づき始める。清美と谷茂は291号と記されたナンバープレートのモニターの前に立った。モニターの中にはベットに仲良く並んで座った浅田ミチエと今井源三の妻、佐和子が映し出されている。

「ご存知だと思いますが、規則なので簡単に説明させて頂きます。直接、患者との面会は出来ません。全てモニターを通して行ないます。様子を観るだけなら、こちら側の音声と映像はOFFに出来ます。ONにするときは赤いボタンを押してください。貴方達の姿や声は隔離室に設置してあるモニターに出ますから。何か話されますか?今日はとっても安定していますから」

清美はいいえと首を振って、モニターを眺めた。モニターは繋がっていないのに、清美の存在に気が付いたように佐和子が立ち上がって監視カメラに向かって来る。モニターに佐和子の全身が映し出される。下腹部がボールを入れたようになって、丸く膨らんでいた。佐和子は清美をじっと見詰めているようでもある。暫らく見詰めていた佐和子は、丸く膨らんだ下腹部を大事そうにさすりながら、再びベットに戻っていった。佐世保院長がリモコンで全モニターを一斉にOFFにした。立方体のフロアーは、再びがらんどうに戻っていた。