プロローグ Vol.2

プロローグ Vol.2

賢い犬は飼い主に死に様を見せないと言う。
メリ-は死の間近、あの小さな躰全身の力を振り絞って頑丈な鎖を噛み切り、崖の上からダイブした。翌日、父親が変わり果てた姿を発見したそうだ。
メリ-の壮絶な死は、少なからずとも家族の間に微妙なずれを生じさせていった。ボクよりも長く生き、家族の一員であったメリ-の死は、まるでボクの存在自体のせいであったかの様な空気が流れていた。

メリ-の居なくなった庭続きの縁側の窓は開け放たれている。午前中だと言うのに強烈な光が差し込み、風はない。本能が何時もと違う異常さを確実に捉えていた。十帖ほどの居間の中央でボクは一人、置去りにされていた。記憶はそこで途切れる。時間にして二、三時間程度だったと推測出来る。 次の瞬間、ボクと母親は押入の中にうずくまっていた。目の前を凄まじい突風が吹き荒れていた。何が起きているのか把握出来ないまま縁側の方に目をやると、窓ガラスが粉々に吹き飛び、轟音と共に大量の風が層となって雪崩込んで来ている。家中が強い振動に侵され、母親は外に出ようともがいているボクを無理矢理かかえ込んで押入の奥深くうずくまっていた。

「おばあさん、中に入り。そんなとこ居ったらあかん」

母親が叫んだ方に目をやると、祖母が襖を盾に押し入って来る突風を塞いでいる。腰の曲がった小さな身体が今にも吹き飛ばされそうになりながらも必死に格闘していた。一体何と格闘しているのかボクには全く理解出来なかったが、その姿は頼もしくもあり、今でも脳裏に焼付いている。
昭和四十年九月十日、兵庫県を直撃した台風23号は、丘の上に建つ屋敷の二階部分を全て吹き飛ばして去っていった。


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