身元不明の少女 Ⅰ Vol.4

身元不明の少女 Ⅰ Vol.4

「何か思い出した?連絡無いからわざわざ出向いてあげたのに、ダラダラ飲んで寝てたんだ」

優位に立っている者の発する言葉は、たとえ悪意がなくとも攻撃性を感じざるを得ない。萎縮するのと平行して苛立ちが増してくる。 自分がまだ容疑者なんだと身構えもした。はっきり言って自信がなかった。憶えていないだけでなく、これまで自分の記憶に自信を持った事がなかった。いつもどこかで不安が付きまとっている。 全てにおいて確証というか、確信がない。もしかしたら自分が何かしでかしたかも知れない不安が記憶欠落と共に同居している。

「こういう系の読んで何するつもりかな、今井さん。けっこう舐めてるっしょ、うちらの事。無理っすよね、警部補、この程度じゃあ、終わってますよ。本物の考えることはもっと先いってるし」

「犯人見つかったんか」

二人の表情が険しいものに変化したと言うか、曇ったと言った方がより的確に思えるほど源三の立場が優位に逆転した。

「死んだ子、病気やったんやろ。わし、たまたまそこに居合わせて寝てもただけやん。令状もないのに勝手に見んといて~な。別に悪いことする為にそんなん読んどーのとちゃうねんから」

怒った時も方言が潤滑する。相手を威嚇するには最適な手段であり、自然と身に付けた防護本能で、大抵の場合うまくいく。若い刑事の方は冷静さを失い、口元を尖らせて微かに痙攣させている。

「この子に見覚えは?」

いきなり目の前に突き出されたポラロイド写真の延長線上に、中川清美の表情の無い視線が待ち構えていた。僅かな変化まで見逃すまいとする冷静な精神状態が感じ取れる。無意識に身体が硬直し、上半身の表皮が一斉に発汗した。目線をゆっくりとポラロイドに移した。出来るだけ客観的になろうと意識すればするほど集中力が削がれていく。ポラロイドを掴んだ指が節くれ立っていて女の手とは思えないほど荒れていた。改めてポラロイドに意識を傾ける。少女は青白い顔をして眠っていた。画質の悪い映像はその分、死者であることをよりリアルに再現している。少女に見覚えはなかった。安堵しながらも中川の威圧感から逃れたわけではない。出来るだけ平静を装って首を横に振ってみる。ポラロイドが素早く内ポケットに収納されていく。緊迫状況から解放された気の緩みを狙いすまして、中川の追撃が加速してくる。

「覚えて無いじゃすまないって!この子、身元すら判明していないんだから。この世で最後に遭遇したのは、あなただって事は歴然たる事実でしょ。責任感じて当然じゃない?」

「ちょっと待てや。知らんから知らん言うたんや、なんかわしがやってたんならしょっぴいたらええんと違うか。それやったら証拠でも見せてみい」

若い刑事が激昂している。何を叫んでいるのか意味が理解できない。中川の輪郭が遠退いていく。自分も叫んでいる。思考がうまく噛み合わない。この瞬間も忘れてしまうのか。それとも一生、記憶中枢にこびり付いて、事あるごとに思い出してしまうのか。少なくともその後のやりとりに輪郭はない。「責任」の意味が襲いかかって来た時には二人の姿はなかった。一人取り残され焦燥感がジワジワと噴き上がってくる。

Vol.5へ