身元不明の少女 Ⅱ Vol.3

身元不明の少女 Ⅱ Vol.3

清美の足は自然と現場に向かっていた。昼間、出向いた時と違って深夜を過ぎると、このエリア一帯は特有の雰囲気を作り出している。時代に取り残されてしまったと言えばいいのか、ポジティブな感じがしない。トータルでデザイン感覚が崩壊していると言っていい。食欲をそそる香りが漂っているわけでもなく、どちらかと言うと安っぽい日本酒のかびた臭いが強い。どこからともなく洩れ聞こえてくるカラオケはダメ声で音程が外れ、神経を逆撫でされてしまう程の引きつった笑い声と怒声がハモル事なく定住している。規制線で封鎖された部分だけが死角となって暗く沈んで光が当たっていない。少女はこの闇を求めて辿り着いたとでも言うのか?ペンライトをかざして細心の注意を払いつつ、周辺を克明に観察するが、コンクリ-トに染み付いた血痕が異様に主張してくるだけで、他に何も無い。モルタルの壁と突き出したトタン屋根の僅かな隙間から夜空が姿を覗かせている。少女は死ぬ間際、冷たく澄みきった暗い夜空に広がる星を見つめながら死んでいったのだろう。

「そんな余裕がある訳ない」

何の収穫の得られないまま、暫く路地をブラブラと徘徊して『ネコ』の門を潜った。カウンタ-だけの店内は薄暗く狭い。壁面にポラロイド写真がビッシリ、隙間無く張り巡らされ、写った人物は一様にピ-スサインを送っている。その割りに誰も幸せそうな顔をしていない。背中を丸めて座っている数人の客を避けながら、一番奥の丸椅子に座った清美にマスタ-は迷惑そうな視線を投げかけてくる。

「何度来られても同じですよ刑事さん。テレビでよくやっているけど、本当にしつこいね。困るんだよな、実際。ニユ-スで流されてから、ほら見てよ。常連さんですら寄り付いてくれないし」

その割りにカウンタ-に並べられた殆どの座席が埋まっている。

「そんな事無いじゃない」

「この人達、ビ-ル一本でずっと粘って、俺から話し聞き出そうとしているだけ。本当、関係無いって」

改めて客達の顔を見てみると、何処かで見たような気がする。その中の一人が愛想笑いを投げかけて来た。

「あれ、関東新聞の記者さんじゃない。それじゃ、ここに居るの、みんな文屋さん?」

「いえ、僕は局の者です。刑事さん、その後、何か解かったんですか?教えてくださいよ。ただの行き倒れじゃないでしょう」

客達全員が清美の言葉を待ち受けた。迂かつだったと後悔した時は既に遅く、各人、思い思いの憶測をぶつけ、ネタを拾い出そうとしてくる。挙げ句の果てにマスタ-まで独自の推理を披露してみせた。その内、仕事そっち退けで推理合戦が始まった。ここの処、たいした事件が無かっただけに、どうやらマスコミでは本件が密かに盛り上がっているらしい。久しぶりに口にしたビ-ルでスイッチが入ったのか、気が付いたらウイスキ-のロックを五杯も飲んでいた。酒は強い方で滅多に悪酔いはしないが、今日は回りが速い。何も解っていないのだから口を滑らせる心配が無いのと、明日は非番のせいもあって、清美は推理合戦に耳を傾けながら飲み進めていった。


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