身元不明の少女 Ⅲ Vol.3

身元不明の少女 Ⅲ Vol.3

「私も昔はボンボンで何不自由なく生きてきたのにね。今じゃどういう訳か、乞食に成り下がりましてね。親から引き継いだ工場は潰れるわ、建て替えたばかりの家は借金の形に持っていかれるわ」

回想録は延々と続いたが聞いていても嫌じゃなかった。レベルこそ違うが、自分も同じ穴のむじなだ。自分がこの歳になった時、こうやってグチを言いつつも飲んで居られるだろうか?もしかしたら死んでいるのかもしれない。肉体的にじゃなく精神的に壊れてしまい、食べる意欲すら失って餓死していく。そのまま身元不明の無縁仏になって忘れ去られていき、産まれて来た意味すら無くなってしまう。

「たとえホ-ムレスになっても、ダンボ-ル生活のコミュ-ンだけは御免だ」

オヤジは誰とも群れず、一人で生きているそうだ。吹き曝しのビルの谷間で毛布も掛けずに仮眠を取り、凍死したらしたで、それだけのものだと自分を納得させている。生きる為の真剣勝負をしているのだ。極寒の夜を丸裸のまま過ごせれば、どんな状況でも生きていけると言う。改めて人間も動物だと納得させられる。心地良い酔いに満たされていく。

「それはそうと、お兄ちゃん。昨日の可愛い娘はどうしたの?振られちゃったか。歳の差ありすぎだもんな。援交って風にも見えんかったしな。もしかして娘か?御免、御免、失礼な事言ったかな」

酔いが突然、醒めていった。欠落した記憶を指摘された時、必ずそれは起きる。

「可愛い娘?」

目の前に座っていたかもしれない少女の輪郭がフラッシュバックし、オヤジの実像とダブル・エクスプロ-ジャ-状態になる。

「嬉しそうに二人でポラロイド撮られてたじゃない」

反射的にレジ近くに金色の押しピンで張り出されたポラロイドの前に走った。満面の笑みを浮かべて歓喜したオヤジ達のコラ-ジュの中に、源三は自分の姿を二枚、発見する。一枚はついさっき撮られたもので覚えている。もう一枚はまるで記憶が無い。上気した自分と、その隣に並んだ美しい少女。まるで見覚えが無かった。少女の肌はフラッシュで白く発光している。何かがヒットした。中川清美に見せられたポラロイドの死に顔と一致する。背筋に沿って衝撃が突き上げた。脳髄が激しく揺さ振られる。この場から一刻も早く逃げなければ・・・。
足の感覚が不確かなまま、非常階段を駆け抜けた。何度も、もつれそうになる。上半身から湯気を立ち上らせながら走った。足が空回りして前方に倒れそうになるのを踏ん張って走った。バタつかせた足音が通行人の目を引いた。客引きの黒服や、ラメ入りのド派手なドレスに毛皮のコ-トを羽織ったインドネシア系の彫りの深い女達が、大笑いしながら指差している。端から見れば滑稽に見えるのだろう。極端に低下した運動能力はイメ-ジしたものより遙かに遅かった。コマ劇場の噴水広場で力が尽きた。意に反して立ち止まり、その場に座り込む。両足がガタガタ笑っている。叫び出したいのに、その力すら残っていない。手には剥ぎ取って来た二枚のポラロイド写真が握られている。呼吸困難に陥りそうだ。凍り付いた空気を吸い込む度に、肺に痛みが走った。「とんでもない事をしでかしたかもしれない」と不安感が突き上げて来る。我に帰った時には、惨めなほど泣きじゃくった自分がいた。

弥生 Vol.1へつづく