弥生 Vol.1

弥生 Vol.1

非番が明けて署に出向く前に、清美は東亜大学医学部、法医学教室の丸尾教授を訪ねた。少しでも早く解剖結果を知りたかったのと、もう一度、遺体を視ておきたかった。丸尾とは同い年もあって馬が合い、捜査がらみで知り合って以来、二年ぐらいの付き合いになる。白衣を着ると典型的な学者タイプに見える丸尾は事実、優秀で教授に昇格するのも速かったが、本人に出世欲はまるで無い。医学部時代の後輩と結婚して幸せな家庭を築いて、二ヶ月前に二人目が生まれたばかりだ。清美は妻の道子とも仲が良く、時々、家に押しかけては手料理をご馳走になっている。長女の弥生は母親とタイプの違う美形の清美に憧れ懐いている。

「出産祝い、ありがとね。道子が何度か連絡したんだけど捕まらないって心配してたよ」

「こっちも何送っていいんだか、迷っちゃうわよ。ぬいぐるみやベビ-服なんて、在来りで送る方も盛り上がらないし、オモチャもね、気に入ってもらえないと恥ずかしいし。でも、あれ赤ちゃんには早すぎたよね」

「道子が喜んで自分で使ってるよ。最近の幼児用のパソコンって、結構、高度に出来てるのな。まあ、上の子は俺のやつ使いたがるけど」

「幾つになったんだっけ?」

「来年、中学だよ。小学校からエスカレ-トだから」

キャンパスを通り抜け、E棟の校舎まで歩いて行った。早朝でも白衣をだらしなく着た学生達が朦朧としながら研究室で徹夜でもしたのか、真赤に腫れ上がった目を擦り付けながら歩いている。地下一階にある解剖室の横を通り過ぎて、廊下の一番突き当たりにある死体安置所の中へ入って行った。消毒剤の刺激臭に目と鼻が反応した。網膜がチカチカとうずき出し、強く吸い込むと咳込んでむせてしまう。慣れる訳でも無いらしい。丸尾でさえも「湿気が多い日はたまらんな」と咳込んでいる。少女は裸体のままストレッチャ-の上に寝かされていた。胸部から腹部へ真一文字にメスが入れられ、縫合された跡が盛り上がって生々しい。白粉を塗りたくっているのかと勘違いするほど肌が白く、毛細血管が青々と浮き出している。150センチそこそこの小柄な肢体は痩せ細っていて、乳房は殆ど発達していなかった。体つきの割りに陰毛が濃く、アンバランスさがより一層、哀れさを強調している。

「詳しくは後で報告書を読んでもらうとして、直接の死因は吐瀉物による窒息死だね。全身チアノ-ゼを起こしていた。咽喉部に裂傷後がみられる。薬物反応は出なかった。胃の内容物から死後、一時間も経過していない。左手首の歯形は本人の物と一致した」

「発見した時、左手を飲み込んでいる様に見えたのよ」

「見えたんじゃなくて本当にそうしてたんだ。両方共、下顎骨が脱臼していた」

「そんな事、自分の力で出来るものなの?」

「拒食症の患者で極稀に診られるけど、指に吐きダコは無いし、正直言ってこんなケ-スは初めてだよ。通常、こんな事をしたら苦しみもがいて、体中に擦り傷や打撲の跡が残るものだけど、ホトケさん奇麗なもんだよ」

「第三者に無理矢理、突っ込まれたとは考えられない?」

「有り得ないね。そんな事されたら、とんでもない力が必要になるから、左腕に犯人の痕跡が残るけど、奇麗なもんだろ。あと参考になるか如何か解からないけど、この子、処女じゃなかった」

「精液が検出されたの?」

「いや、それは診られなかったけど、膣内に炎症の跡が診られる。嫌な言い方をすれば、相当、使い込んでいると言う事だ」

Vol.2へつづく