弥生 Vol.2

弥生 Vol.2

丸尾の表情が見る見る内に暗く沈んで行った。恐らく、年齢がさほど変わらない娘の弥生と比較しているのだろう。青少年白書でも小学校高学年の経験者が20パ-セントを超えていると報告されている。娘を持つ父親にとっては他人事では済まされない。身体の成長は昔と比較にならない程、著しく、氾濫する膨大な情報量が精神年齢を大人の領域へといとも簡単に引き上げてしまう。低学年時からメイクやファッションを覚えて女に成る為の磨きを掛け、中学に入学する頃には成熟した女として完成していると言う事なのか。マスコミは彼女達に商品価値を見出し、想像を超えたビックマネ-が経済効果をも揺さ振っている。

「結論としては事故死と断定していいのね」

「遺体は間違いなくそう差し示している。ただし、胃の内容物は子供が食べる物と少し違っている。僅かだがアルコ-ルが検出された。ちなみに、彼女の最後の晩餐は枝豆、ナッツ類、生かつお、イカ、これは塩辛だと思う。それから牛の内蔵、モツ焼きか煮込みだよ」

「随分、渋いメニュ-ね。オヤジの晩酌みたい」

突然、清美のイメ-ジに今井源三の姿がヒットした。

「胃の内容物は殆ど未消化のものが多かったからね。メニュ-の特定は簡単だった。乱暴な言い方させてもらうけど、食事してすぐに死亡した事になるんじゃないかな」

「やはり、死の直前まで誰かと一緒に居たのね。それも嗜好から想定して、ある程度、年齢のいった酒好きの男」

「男と決めて掛かるのは危険だよ。酒好きなら女だってこういうの好むだろ」

丸尾に酒豪の自分を皮肉られた様で返答に困ったが、遺体を目の前にして冗談で返す気にはなれなかった。署に出るまで少し時間があったので、清美は丸尾と学食で軽い朝食を取った。

「中川君、近いうちに娘と会ってくれないかなあ」

「何か問題でもあったの、弥生ちゃん。今時の子供達と比べたら素直で良い子じゃない。まあ、過保護が過ぎて、ちょっとばかり奥手だけど」

良い意味で茶化したつもりだったが、丸尾にとっては深刻な問題だった様で、悲痛な表情になって口元をモゴモゴさせている。

「見られたんだ」

「エッ、何を?」

「だから俺と道子がしてるとこ」

笑うつもりはなかったが、丸尾があまりに神妙な面持ちで告白するので、清美は思わず声を上げて笑ってしまった。

「そんなの誰だってある事だし、子供はそうやって親の姿を見て成長していくものよ」

「笑うなよ。あれ以来、汚い物を見る様な目付きで俺達を見るんだ。あの目、たまんないよ。最近じゃあ部屋から一歩も出て来ない。このまま引きこもりにでも成られたらどうする」

「年頃だからショック大きかったのよ」

「奥手だって君も言ったじゃないか。それだけに深刻なんだよ。あの子、道子に似ておとなしいし、顔も地味だろう。学校でシカトされているみたいなんだ。そういう子って、小さな事でも深刻になって殻に籠もるだろう。もし自殺でもされたら・・・」

「やめてよ!自分の子なんだから。もうちょっと信じてやったらどうなの」

気が付いたら激高していた。生真面目でストイックな一家の抱えた悩みは、時代遅れな感じすらする。それだけに小さな幸せの大切さを痛感させられる。正直言って羨ましかった。何故だか怒りが込み上げてくる。清美にはそんな悩みを持つ事すら出来ない。

「御免、御免。こんな話しする積もりなかったんだけど、最近ちょっとヘビ-で」

「何言ってんの。弥生ちゃん幸せよ。こんなに良い両親に思って貰って。近いうちに顔出すから、道子さんに言っといて。旨いメシ期待してるから」

「本当か!悪いな、忙しいのに助かるよ」

いきなり激高されて面食らっていた丸尾は手放しに喜んでいる。「忙しいのに」と言われて皮肉にも取れなくは無いが、純粋に喜んでいる丸尾の顔を見ていると、自分の心が醜く歪んでしまっている事を改めて自覚させられる。

Vol.3へつづく