291号室 Vol.1


291号室 Vol.1

「構造上の問題が無いなら、無理ですね」

そう言われてしまえば、話は終わる。僅かでも欠陥を捜そうにも、それほどの知識を持ち合わせていない。結局、買い替えるしかないらしい。部品を交換しても、すぐに他の箇所が駄目になる。製品自体が今は生産されていない。その為、部品を取り寄せるにも時間が掛かり、費用も恐ろしく高い。下手すると新品の方が安いらしい。

「御検討ください。何時でも伺いますから。それと・・・」

相手の話が終わらないうちに受話器を切った。何時の頃からか、これと言って特定するのは不可能だが、一個ずつ歯車が狂い始め、最初は気にも止めていなかったのに、何時の間にか全体が狂い出して、今では収拾がつかない状態になっている。時代が変わった。時代と時代の境目が曖昧なまま、変わってしまったのだ。古いタイプの物は役に立たない。新しいタイプの物は難解になっている。手が付けられない。未来は自然淘汰を必要としている。必死にしがみついても、体力がもたない。切り捨てて、ほんの僅か、一握りの卓越した者だけが残ればいい。自滅する前に破壊してしまえ。存在自体に意味が無いんだから。肉体なんて曖昧で、役に立たない。ただし強靱な者は別だが・・・。

「たった一日で時代を変えてやる」

「無理だって・・・。大体そんな事したって意味ないじゃない。たとえ変えても、それが大ブレイクを起こしても、次の瞬間には異物になるのがオチよ。お金の為?それとも名誉かな?きっと存在って言いたいんでしょ」

「金は欲しい。何の心配も無く、楽したい」

「それじゃあ、それが目的じゃない。楽してその先どうするの。明確な何かがあるの?そんなの消費してゴミになるだけじゃない。こういう事よ、認めて貰いたいんじゃなくて、ただの我儘。それだけよ。自分を中心に据えたいの」

たかが風呂のガス釜が壊れただけで、イメ-ジの対話が始まる。鏡に映った自分の姿は実像より洗練されている。登場する相手は、その時々で違っているが、心ならずとも憎しみを抱いている奴らだ。

玄関でチャイムが鳴った。電子音は危機感を募る。電気を止めに来たのか、それともガスか?水道なら致命的だ。ライフラインで水道を止められた時が、最後通告だと言われている。「ここで生きるな。資格が無い」と言う事だ。メカニズムの中で人間として除外されたと結論付けられる。身体を硬直させて息を潜めた。音を発している物は直ちにOFFにする。居留守を使いながらも、覗き穴からの確認は怠らない。何者が来たのかを特定したいから。確認は対人だけでなく、自分自身と自分自身が居るこの空間に対しても行なわれる。
源三は瞬時に確認を終えて、ゆっくりと開錠し、ドアを開けた。

Vol.2へつづく