291号室 Vol.4

291号室 Vol.4

翌朝、源三は以前、取材をした事があった葛西大学、文化人類学科の甘利教授に連絡を取った。マスコミ嫌いで有名な甘利教授はテレビに登場する事は一度もなかったが、月に数回、ホテルの会議場を借り切って行なわれるセミナ-は精力的にこなしていた。表向きは自ら研究している文化人類学を一般人に解かりやすく広めていくといった主旨だが、一方では集まった参加者の悩み相談を行なっている。悩みとは霊に関するものだ。甘利教授はセミナ-をフィ-ルドワ-クの一環として位置付けているが、一部では営利目的のインチキ商売だと非難を浴びせる学者も少なくない。現にスピリチュアル・ヒ-リングと称して行なわれる霊的治療は高額だった。にもかかわらず、セミナ-に参加者が殺到するのは効果絶大だからで、予約待ちしている人々は多数いる。不思議なのが宣伝活動を一切やっていない事だ。ネット上にホ-ムペ-ジを開設している訳でもなく、ましてテレビには一度も出演していない。どのようにして人が集まるのか謎なのだ。
源三は甘利教授の指定通り、品川プリンスホテルのロビ-でセミナ-が終わるのを待った。携帯の表示を確認すると午後八時を過ぎていた。ロビ-にはチェックインしたばかりの老夫婦やブリ-フケ-スを傍らに置いた外国人客、取引の商談をしているビジネスマンが、たむろしている。座り心地の良いソファ-に身を沈めて、何気なしに辺りを観察していると、ダンボ-ル箱を重そうに抱えた年配女性が、列をなしてゾロゾロと横切って行った。箱には“山岳の清水“と書かれている。中にはペットボトルが半ダ-スほど入っているのだろう。年配女性は皆、上気した表情をしている。セミナ-の参加者だとすぐ解かった。彼女達は口々に「甘利先生は凄い」「本当に来て良かった」などと感想を漏らしている。若い女性もチラホラと居たが、男性の姿は見当たらなかった。暫くして研究室の助手に案内されて、ゲストル-ムで甘利教授と面会した。正確な年齢は解からないが、三十代前半だろうと思われる甘利の歌舞伎役者を思わせる顔付きと肢体は、男の目から見ても惚れ惚れするほどである。参加者が女性ばかりだったのも頷ける様な気がする。

「教授、お久しぶりです。お忙しいところ、すいません」

「断っておきますが、テレビ絡みは勘弁してくださいよ」

「承知してます。今度、出る新しい雑誌のコ-ナ-を受け持つ事に成りまして、是非、教授に御協力いただければと思いまして、伺いました。」

「それで、何をすればいいのでしょう」

「実は以前、奇妙な殺人事件を追った事が有りましてね。悪魔憑きと言うか、狐憑きとでも言うんですか」

「憑衣ですね。それなら精神医学者に聞かれたらいかがですか」

「いえ、そっちからでなく、霊の側から切り込みたいんですよ。それで教授に」

「その前に、貴方は霊の存在をどう考えています?」

「私は在るとか無いといった、はっきりした立場には立っていないつもりです。積極的に信じていませんし、否定もしていません。中立な立場で検証したいんです」

「それだと確信には迫れませんね。狐憑きはメディアで遣り尽くされていますから、大して珍しくも無いし。第一、読者の興味を引かないでしょう。協力する気には、なれませんね」

世間が興味を持てないネタは協力してもしょうがないと言うのが見え見えだ。甘利の本音を垣間見た気がした。メディア嫌いは建前で、実は巧妙に計算している。テレビ出演を敢えてしない事で、逆に価値観やカリスマ性を高め、バラエティ-化されるのを阻止しているのだ。これまで、雑誌への露出は極僅かだが、自らの能力を世に知らしめるには十分役に立っている。
ところで、源三が何故、悪魔憑きに拘わったかと言うと、十八年前、神奈川県厚木市で起きた猟奇殺人事件に端を発している。当時、東京の大学に通っていた源三は、仲間内で“出る“と噂のあった心霊スポットを巡る遊びが流行っていた。有名スポットに飽き飽きしていた源三達はメディアに載っていない場所を求めて、例えば自殺や殺人のあった現場を調べ上げ、まことしやかに囁かれている噂を聞き込み回ったりしていたのだ。

Vol.5へつづく