291号室 Vol.8

291号室 Vol.8

佐世保は白衣のポケットからリモコンを取り出しスイッチを入れた。291号とナンバ-プレイトが付けられたモニタ-に、映像がゆっくりとフェイドインされてくる。斜め俯瞰から撮影された映像が映し出される。室内は全面、白一色で統一されていた。床に敷き詰められたセイフティ-マットの上で、オムツをした全裸の女が丸まって寝ている。その傍らに同じくオムツをしたもう一人、女が膝を抱えて座っていた。二人供、スキンヘッドの為、見分けが付きにくい。源三は画面を食い入る様に見詰めた。久々に目にする妻の姿は、記憶していたものと随分違っていた。脂肪分が全て削ぎ落とされた手足は細長く伸び、関節が異様に突き出しいた。こけた頬は、骨格がはっきり確認出来る。唯一の救いは、眠っている事だ。一方通行でも、目を合わせたくなかった。懐かしさは既にない。妻をこんな姿にしてしまった、己の力の無さが悔やまれる。目頭が熱くなった。悲しいのとは違う。あまりにも哀れな姿を目の当りにして、自然と出た反応だ。こんな姿になった妻を、尚も利用しようとしている自分自身に対してかもしれない。

「どちらがミチエですか」

突然、背後から甘利に声を掛けられて、源三は我に帰った。感傷に浸っている場合じゃない。別の目的で来ているのだ。

「眠っている方が妻です」

ぎりぎりまでモニタ-に近付いた甘利は、ミチエに集中した。田所は少し離れて、客観的に眺めている。甘利は呪文の様な言葉をブツブツと唱え始め、静寂のみが支配している空間に響き渡った。浅田ミチエは妻とは対称的に、五年前に見た時と、さほど印象が変わっていなかった。肉感的な身体は衰えていない。甘利の呪文に操られる様に、ミチエがゆっくりと立ち上がった。こちら側の映像や音声はOFFにしてあるから向こう側には届いていないはずなのに、ミチエの動きは呪文にシンクロしているように見える。ミチエは床に眠っている妻の回りを、ゆっくり狐を描いて回り出した。下を向いている為、表情は読み取れない。
源三は半信半疑なまま、甘利の様子を盗み見た。顔面に玉のような汗が吹き出している。口元はガタガタと痙攣し、呪文は何時の間にか、呻き声に変わっていた。ハッとなってモニタ-に目をやると、誰がスイッチをONにしたのか、赤いランプが点灯している。双方が繋がっているのだ。咄嗟にスイッチを切ろうと手を伸ばした瞬間、ミチエは顔を上げて、こちら側をにらみ付けてきた。視線の先に田所がいた。田所は視線を逸らせられないまま固まった状態で、鼻血を噴き出している。再びモニタ-に目を移すと、ミチエは膝を抱えて元の位置に座っていた。スイッチがOFFになっている。

帰りの車中、誰一人、口を開こうとはしなかった。甘利は相当、疲労している。モニタ-に展開した光景は錯覚かもしれない。源三はそう考える事にした。甘利が何を感じ取ったか解からないが、鼻血で汚れたブラウスだけが現実だ。田所は何事もなかったように、そ知らぬ顔をしている。
結果報告は後日、改める事になり、甘利を東京駅で降ろして、そのまま田所のマンションに向かった。


Vol.9へつづく