第二の事件 Vol.2

第二の事件 Vol.2

「先ず、貴方の名前を聞かせて下さい」

「上田です」

「お勤め先は」

「ユリアス出版です」

再び表札を確認する。

「福家さんも同じ会社なのね」

「はい」

老人の方を見ると、動揺する事なく、静かにたたずんでいる。

「管理人の小田と申します。この方に言われて、私が鍵を開けました」

「鍵は閉まっていたんですね」

「はい。ですがチェ-ンロックは掛かっていませんでした。それより、旦那さんどうされたんでしょうね。ここの処、見かけないですよ」

「福家さんは、御夫婦で住まれていたんですね」

「そうです」

清美は谷茂に視線を送ったが、当の本人はボ-と、たたずんで不思議そうに首を傾けている。

「旦那の連絡先を調べるのよ」

強い口調で言っても即座に動こうとしない。

「あの・・・。どうやって」

「管理事務所に名簿があるから」

状況を察した小田老人が、谷茂を引率しながら走っていった。呼吸が合わない相手は疲れる。荒々しい溜息をつい吐いてしまう。鑑識の野村がドアを開けて顔を覗かせた。

「中川、マスクした方がいいわ」

僅かな隙間から異様な臭気が漂ってきた。マスクと手袋、足袋を装着した清美は、鑑識班と入れ違いになりながら現場の中に入っていった。ムッとするような熱い空気に圧迫された。糞尿と腐敗臭に占領されている。15帖ほどのリビングの中央に、全裸の女がだらしなく横たわり、傍らにビ-ルの空き缶が複数転がっていた。フロ-リングの床には、黄金色の体液が流れ出している。清美は吐瀉物が顔面一杯にこびり着いて、干からびている害者の顔を覗き込んで驚愕した。左手を飲み込む様にして、突っ込んでいたのだ。身元不明の少女とビジョンがダブル。鼻を中心として放射状に細かい皺が刻まれ、眼球が僅かに飛び出し、白目を剥いて充血している。身元不明の少女とほぼ同じ状態だ。

「メシ後、このパタ-ンはきついわ」

確かに今村の言う通り、室内に充満している悪臭は、吐き気を催すには十分だ。第一、室温が異常に高い。付けっぱなしのエアコンが今も唸りを上げている。その為、死亡推定時刻が割り出せないでいた。

「室内、殆ど真夏の状態だな。腐敗の進行が速すぎるわ。死後硬直の状態から推定して、最低三日は経っていると思われるけど、解剖待たんとはっきりせんわ」

「死因は?」

そう問いかけながら、清美は帰って来る答えを予期していた。

「身体に外傷が無いところからみて、吐瀉物による窒息死と診るのが妥当だろ」

思った通り、事故死と言う事か。突然、背後でボタボタボタと液状の物が床に飛び散る音がした。

「バカヤロ-!外で吐けよ」

音のする方を見ると、谷茂が今さっき食べた昼食のメニュ-を全て吐き出している。谷茂にとって初めて拝んだ仏がこの有様だ。仕方ないと言えばそれまでだが、我慢して外に飛び出せばいいものの、ひ弱にその場に崩れる様にしている。

「中川、きっちり教育しとるんか。進んで現場、汚すバカがいるのかよ!」

鑑識班の罵声が飛び交った。みんな怒っているが、内心、我慢しているのだ。それほど室内に漂った腐臭は限界を遙に超えている。清美は込み上げて来る物を、無理矢理飲み込みながら、改めて部屋の中を見回した。雑誌や書籍が到る所に積み上げられている。CDコンポの周りは空のケ-スが乱雑に放り投げられ、赤い革張りのソファ-の上に脱ぎっぱなしの衣類が山になっていた。汚れた下着があるところをみると、洗っていないのだろう。薄汚れたテディ-ベアのぬいぐるみが哀れさを誘う。フロ-リングの床は埃が何層にも積もっている。悪臭のもう一つの原因になっているペット用のトイレは、全く手入れされていない。リビングに併設されたキッチンは、食べ終えたカップラ-メンの容器が汁も捨てずにそのまま放置されていた。ざっと見ても、30食分はある。

「夫婦にしては、生活感が無いわね」

冷蔵庫の中はビ-ルやワインなど酒類が冷やされて一杯になっていた。外傷が無く、争った形跡も無い為、事故死とほぼ断定されたが、一応、事件性の両面から初動捜査が行なわれる事になった。夕方になって大阪に出張中だった被害者の夫、福家清が出頭して来て身元確認が行なわれ、その後、間も無く捜査会議が始まった。

Vol.3へつづく