第二の事件 Vol.7

第二の事件 Vol.7

「あっ、そうそう。教授から手紙、預かって来てます」

差し出された茶封筒に中川清美様と記されている。恐る恐る封を切った。
『中川君、先日は大変失礼しました。君の言う通り、精神科の医師に見せるのが最も適切だと解かっています。学内の教授に何度も相談しょうと思いましたが、身内の恥をさらすようで、どうしても出来なかったのです。医者のくせにと思うでしょうが、私はそれ程、保守的な人間だったのです。弥生がああなった直接の原因は、私自身が一番知っています。私には特殊な性癖が有り、弥生はそれを見てしまったのです。ショックだったと思います。私や道子を拒絶するのは当然です。弥生の気持ちを考えたら、どうしょうもない思いで一杯です。君が帰った後すぐに、弥生の状態はエスカレ-トしました。私も道子も限界でした。しかし、このまま放って置く訳にはいきません。今、弥生は眠っています。弥生の口にする物に眠剤を混ぜておいたのです。以前から相談に乗ってもらっている方がいます。その方の助言を得て、私は弥生と向き合うつもりです。落ち着いたら連絡します。丸尾啓一』
書かれていた文字はたどたどしく力が無い。冷静な状態で書かれていないのが、一目で解かる。重苦しい感覚が清美に襲い掛かった。あの時、もっと何か出来なかったのか。後悔の念だけが清美の中に残った。

夕方になって、夫の清が遺体を引き取りにやって来た。朝、来れなかった事をしきりに恐縮している。薬太りでもしているのか、色白で病的に太った男からは、悲しさといった類いのものを微塵も感じ取れなかった。香水を付けているのか、柑橘系の臭いが鼻を突く。清美は無性に腹が立った。

「亡くなった奥さんの事ですよ。少し不謹慎じゃ無いですか!」

感情の赴くまま、清美は怒なり声を上げていた。

「別居されていたらしいですね」

清の態度が落ち着かなくなった。

「それが何か問題でもあるんですか」

「どれぐらい、あのマンションに帰って無かったんですか?その間、貴方は何処に居たんです。生活しない訳には行かないでしょう」

「プライベイトな事じゃないですか!警察だからって失礼ですよ」

清が声を荒げた。何か後ろめたい事がある時、大抵、人はそういう態度に出る。

「何も無いなら、隠す必要は無いでしょう」

「かっ、隠すだって!僕が何を隠してるって、いい加減な事言うなよ。妻とは確かに別居していたが、仲が悪いからじゃない。お互いの仕事を尊重し合っていたから、そうしたんだ。時間帯が合わなかっただけだ。変に勘繰るのは止めてくれ!第一、事故死と断定されたんだろ!」

「で、貴方の住んでいる所は?」

清美の執拗な問いかけに「いい加減にしろ!」と、清は激高して帰っていった。清が法子の死に関与していないのは間違いない。だが、清美は釈然としなかった。何かが微妙に引っ掛かっている。解剖所見を再度、確認してみるが、膣内に精液の痕跡は診られない。それでは何故、裸体だったんだ。幾らでも説明はつく。エアコンを目一杯効かせ、室内を真夏の状態に設定していた事から、室内で衣服を着用しない習慣があった。猫は何処へ行った。猫専用の出入り口は無かった。家猫でも外へ遊びに行かせたりするのは珍しくない。女一人の孤独な死が身に詰まされる。

「そうだ、熊のぬいぐるみ」

清美は鑑識課の保管室へ走った。マンションから押収した物品の中には見当たらず、野村にも再度、確認するが押収リストには含まれていなかった。おのずと結論が導き出されてくる。家宅捜査の後、誰かが部屋の中に入ってぬいぐるみを持ち出した。誰がぬいぐるみを持ち出したのか?管理人の小田老人とも考えられなくはないが、先ず、有り得ない。確認すれば直ぐ解かる。

「この事件は終わっていない」

清美は直感していた。


リプレイ Vol.1へつづく