リプレイ Vol.3

リプレイ Vol.3

目覚めた時は仮眠室に居た。どうやって移動したのか憶えていない。そのままサウナル-ムに入ったが、汗が出てこなかった。おもいっきり息を吸い込むと肺の中が圧迫されて咳込んでしまい、我慢し切れずに水ブロに入った。あれだけ飲んだのに酒が残っていない。シャワ-の前で、頭と身体を洗った。他に誰もいない。鏡に映った自分の姿が思ったより小さく見える。シャワ-を流しっぱなしにして目を閉じた。惨めだった。かつて全身を覆っていた筋肉群は退化している。濡れた身体の上からガウンを羽織った。サウナの中に昼夜の区別はない。時間が無限に止まっている。ニュ-スを見ながらビ-ルを飲む。軍資金が底を突けば、次に行き着く先は決まっている。それまでに何とかしなければならない。もう一度サウナに入った。中には誰もいない。何とか汗を掻きたかった。身体の中に堆積している悪い毒素を全て出し尽くしたかったのだ。今度は苦しいのを我慢する。田所の死は浅田ミチエとの面会が関係しているんじゃないか。面会した時、触れてもいないのにモニタ-のスイッチが入り、田所は鼻血を流した。あの時、ミチエは田所を睨んでいる様に見えた。しかし、同じ場に居た自分と甘利が平気だったのは、如何してなのか?やはり有り得ない。田所は窒息による事故で死んだ。呪われたとしても田所とミチエは面識がない。一方的にモニタ-で見ただけだ。無差別に呪われる訳がない。少し違う。こちら側も一瞬だがONになっていた。何でも良いから理由を付けたかったが、源三の思考は混乱したまま突破口を見出せないでいた。

小男が一人、入って来た。頭からタオルを被り、表情は見えない。小男は源三の真正面に座った。なるべく見ないようにしたが、嫌でも特長のある姿態が視界に飛び込んで来る。骨の周りに無数の筋肉繊維を絡み付かせ、弛んだ表皮が腐蝕した様に黒ずんでいた。ミイラ化する直前状態と形容できる。小男はすぐに汗を掻き始めた。表皮を突き破らんばかりに青々とした血管が浮き出している。吹き出した汗がボタボタと床に垂れ落ちていった。相変わらず表情は確認出来ない。不快感が広がった。突然、小男がしゃがれて聞き取りづらい声を掛けてきた。

「どうでした?」

唐突だったので、すぐに反応出来なかった。

「気に入ってもらえました?」

タオルの奥で小男の口元が笑った。

「はあ?」

「だから、ビデオですって。気に入ってもらえましたかって?」

悪寒が全身を駆け抜けていった。目前の小男に生理的拒絶感を覚えただけでなく、ビデオの事に触れてきたからだ。何故ビデオの事を初対面の男が知っているのか。考えるまでもない。送り付けて来た張本人だ。源三は全身に力を入れて身構えた。

「目的は何や!」

小男は微動だにせず、タオルの奥でクックックッと笑った。

「目的なんか有りませんよ。気に入ってもらえましたかって、聞いただけじゃない」

「誰や、お前!」

「送ったビデオは、ごく一部。ほんの御挨拶。オリジナルはこちらの手にある。楽しませて貰ったよ、今井源三さん」

小男の声のト-ンが変わった。室温計は百度を超えているのに寒気がした。

「ど、どうして名前を・・・」

「アホだね。知らなきゃ送れないって」

完全に小男のペ-スにはまっている。身動きが取れない。

「とっても、面白いものが映っているのよ。人が死ぬ所を初めて見たわ」

「おっ、お前。俺が殺ったって事か?」

「しらばっくれて。本人が一番御存じでしょう」

「目的は金か」

「いい男の割には、つまらない事言うのね。私は全てを目撃した。それを知って貰えればいいのよ。言い換えれば、私は、今井さん。貴方のこれからの運命を握っている。簡単な事でしょう。お家に帰りなさい。こんな所に隠れていなくっても、平気なんだから」

小男は勝ち誇ったように出て行った。飛び掛かろうとしたが、身動きが取れない。吹き出した汗と一緒に全身の力が抜けていった。追いかけた時には、既に小男の姿は何処にも無かった。

慌ててサウナを出た源三は、新宿の街をあてども無く、さ迷った。意識が朦朧としている。サウナで汗を流しすぎたからではない。酒が残って二日酔いになっている訳でもない。欠落した記憶が記録されていたという現実が襲い掛かってきて、受け止められないでいたからだ。ともかく人混みの中に紛れ込みたかった。そのまま存在が失われてもいいとさえ思いもした。擦れ違う人の目が恐い。監視され最も重要な部分を記録されていた。抱えた紙袋の中に運命の一部が入っている。ビデオテ-プには田所とSEXした現実が記録されていた。その間の記憶は欠落している。
歌舞伎町のア-チの下で立ち止まった。信号待ちをしている群集が溢れ返っている。JRのガ-ド上を電車が通過した。轟音が響き瞬く間に街のノイズに溶け込んでいく。ガ-ド向こうにそびえ立つ西新宿のビル群があまりにも現実離れして拡がっていた。常に誰かに見下ろされている。遡って考えてみるが、何時の頃か思い出せない。漠然と見られているのではない。自分とは全く別の意識が常にまとわり付いて離れないと表現した方がなお近い。これまで生きてきた記憶によって自分自身は構成されている。欠落した部分は無駄に消費しただけで、構成要素には含まれない。信号が変わり、停滞していた流れが動き出した。サイズの違うテレビが整然と並べられたコ-ナ-で改めて自分を確認する。設置されたDVカムは確実に自分の姿をとらえていた。モニタ-に映し出された映像の方が現実感を帯びている。このまま記憶が欠落し続けたら、現実の中に存在出来なくなってしまうだろう。いや、違う。現実こそが曖昧だ。小男は欠落した記憶を手中に収めている。欠落しているから不安定になる。ならば欠落させなければいい。簡単な事だ。記録された映像はフィ-ドバックされて構成要素になる。源三は最少軽量のDVカムと大量のDVCを購入した。

見殺し Vol.1へつづく