見殺し Vol.4

見殺し Vol.4

署内の誰もが清美を否定し拒絶した。事前に直接、相談を受けていたにも拘らず、何も手を打たなかった刑事としての清美の過失は重大で、懲戒免職の処分が下される事になった。これまで大抵の事はかばっていてくれた二見課長ですら、清美を拒絶した。

「俺は裏切られた。見殺しは自ら手を下すのと何ら差はない。いや、なお最悪だ」

言い訳すら、誰も耳を傾けてくれようとはしなかった。一瞬にして清美は全てを失った。マスコミは永遠と繰り返される警察の不祥事を挙って非難し、清美は格好の餌食に祭り挙げられていった。どういう経緯で調べ上げたのか、清美の過去は学生時代にまで遡って、剥き出しの状態で報道された。更にワイドショ-は署の同僚や学生時代の友人などのインタビュ-を故意に構成して、清美の評判を敢えて劣悪に公表した。清美の真意とは別の所で“人命よりも出世を優先させた女“というイメ-ジが独り歩きしていった。
マスコミの取材攻勢は留まる事を知らず、清美はマンションから一歩も外へ出られない状態になった。こんな時、誰か一人でも手を差し伸べてくれる者が居ても良さそうなものだが、清美は孤独だった。警視庁に丸尾の残した遺書を見せてくれるよう、何度か頼み込んでみたが、公表してもらえるはずもなく、訳の解からないまま、ジッと息を潜めて閉じ込もっている日々が続いた。実家の両親も近所の目に耐え兼ねて、親戚の家に身を寄せているらしいが、その後連絡は取れていない。もっとも、誹謗中傷のイタズラ電話があまりに多い為、既に回線を切った状態にしてあるのだが。唯一の情報源はテレビだが、知りたい情報は一切、流れてこない。流れてくるのは、非人道的な女の過去ばかりだ。

清美は改めて部屋の中を見回してみた。四十前の女の部屋にしてはあまりにも殺風景すぎる。二年前に購入した2LDKの中古マンションのリビングはテレビとコタツ以外、本棚に積み上げられた昇任試験のテキストが山になっているだけだ。他の部屋は未使用のままになっている。これから先の人生を考えて購入した割りには、生活感がまるでない。リビングは静寂に包まれていた。対称的に部屋から見渡せるマンションの表通りは、脚立を抱えたカメラマンや、マイクを手にしたレポ-タ-と局のクル-がごった返していて騒々しい。清美はショック状態から抜け切れないでいた。不思議だが、どんなに落ち込んでいても空腹感は襲ってくる。非常食用にと買い置きしておいたカップラ-メンをすすった。立ち上る熱い湯気にむせ返りながら、無心に頬張り続けた。冷え切った身体は瞬く間に熱を帯び、頬を伝って汗が流れ落ちていった。拭っても、拭っても止まらない。清美は泣いていた。何の為に捜査員になったのか。それすら曖昧になっていた。自分の事は如何でもいい。丸尾一家を助けられなかった事が問題なのだ。無意識に「見殺し」と呟いた途端、清美はキッチンへ向かって走りだし、今食べたメンを全て吐き出した。シンクの上に白い繊維質の流動体が広がっていく。それでも甘酸っぱい胃液がとめどもなく込み上げてくる。無理に飲み込んでも治まらない。清美は胃液を吐き尽くすまで、永遠に嘔吐を繰り返した。


Vol.5へつづく