見殺し Vol.5

見殺し Vol.5

嘔吐の苦しみが去り、身体の中が浄化されたのか、清美の頭はクリア-になっていった。邪念がない。さっきまで重くのしかかっていた重圧感は嘘みたいに抜けている。堂々巡りを繰り返していた思考回路が活発に動き始めた。冷静になればなるほど、悔しさがましてくる。丸尾家に起こった惨劇が如何して自分一人の責任になって、退職せざるおえない状況に追い込まれなければならないのか。確かに丸尾から相談を受けたが、解決するのは本人しかいない。全ては自身で招いた事だ。

「これじゃ、逆怨みじゃない」

清美は打開策を必死になって考えた。出来れば丸尾家に起こった真実を突き止めたかったが、警視庁が握っている情報を今の自分の立場で引き出す事は皆無に等しい。それならば独自で調査をすればいいのだが、何故か及び腰になっている。丸尾を含めてその家族全員を助ける事が出来なかった。言い訳になるが、決して放棄したのではない。自分の力ではどうする事も出来なかった。それも少し違う。本当は恐かったのだ。暗闇の中で見た弥生。説明の付かないあの力。常人に対処出来る筈もない何かがあった。“人で非ず“の自分を認めたくはないが、多かれ少なかれ、誰だって非人間的な行為はやっている。しかし、程度差はある。たとえ手を下していなくても、結果的に何人も死に追い遣ってしまったという歴然たる事実がある。思考が二転三転していく。こうも考えられる。見殺しにしたというのは、つまり能力が問われた事になる。

-能力が無いから問題を解決出来なかった-

-ならば能力を証明すればいい-

敢えてそうしなければ、一歩も踏み出せないまま埋没してしまう。無理にでも自分に言い聞かせるしかなかった。清美の思考は焦点を結んだ。今、遣れるのは、本当の解決を向かえていない身元不明の少女と福家法子の死の真相に迫る事だ。何れも今井源三が関与しているのは間違い無い。この入り組んだ難事件を解決に導き、自らの能力を証明する。捜査員に返り咲いてやるという、しみったれた未練なんかじゃない。それ以外にやれる方法は無かった。何かをしなければ、生きていく意味さえも失ってしまいそうだから。

十二月にもなると外の冷え込みは一段と激しくなり、三日間、張り付きっぱなしのマスコミ達もそろそろ限界がきている。清美は張り込みや尾行の時、よく使っていた作業着とドカジャンに着替え、ノンブランドの野球帽を深々と被って深夜になるのを待った。窓越しに表通りを見渡すと、身を切り裂く程の突風が吹き荒れ、マスコミ達は駐車してあるバンの中に待避している。清美は玄関のドアを開けて廊下の様子を伺った。同じフロア-の住人から苦情が出た為、マスコミの姿は無い。清美は息を潜めて廊下を通り抜け、非常階段を使って地下駐車場にまで出た。ゲートにはマスコミの別班が張り付いているので、反対側にあるゴミ集積場の非常口を通って駐輪場まで辿り着いた。マンションの裏側に位置していて表通りから丁度、死角になってる。清美は辺りに細心の注意を払いながら植込みを乗り越え、細い路地を走り抜けていった。マスコミに気付かれた様子はない。時間帯のせいもあって注意力が低下しているのだろう。清美はそのまま大通りまで出てタクシ-で東中野へ向かった。
   

再捜査 Vol.1へつづく