再捜査 Vol.5


再捜査 Vol.5

「清とその男は、間違いなく繋がっているわね」

「旦那に会うしかないな」

「金を要求してこなかったのは、こう考えるのが一番リアルよ。オリジナルに映っていたものは、脅すレベルの物じゃなかった」

これまで張り詰めていた緊張の糸が、プツンと途切れてしまった源三は、その場にヘナヘナと座り込んでいった。

「離婚のネタに撮ってたんや。けど、何で俺に近づいてきたんか解からん」

「貴方を黙らせておく為よ。殺したかもしれないと思わせておけば、警察に駆け込めないでしょう」

「わざわざそんな手の込んだ真似、するんかな?」

「さあ?それは解からない。でも次の手が見えてきたのは確かでしょう」

源三はあの日の事をもう一度思い起こしてみた。室内の各部分が視界に飛び込んで来ては、消去されていく。何でもいい。手掛かりになる物が欲しかった。記憶に擦り込まれた法子の肉体が鮮明に蘇って来る。感触も憶えている。見た目のイメ-ジと違って、身体は妙に冷たかった。赤いソファ-の上に脱ぎ捨てられた衣類がそのままになっている。かつて誰もが潤っていた頃ブレイクしたサブカルチャ-系の書籍が本棚から溢れ出していた。別に無くてもいいもの。だからこそ熱狂した。過ぎ去ったブ-ムの残骸は薄ら寒く、経験や賞賛の蓄積には成りえない。惨めなだけだ。記録という領域にすら存在しない。生産された膨大な量の情報は、大量消費され、次の瞬間にはゴミになっていく。ただそれだけの存在だ。CDケ-スがブロック崩しの状態で何本もの塔を形成していた。一枚ずつ細かくチェックしていけば、知っている曲が多数、存在するだろう。捜す気にはなれない。気に入った曲は何かの記憶と直結している。懐かしいなどと思ったとたん、自らが老化している現実を認めてしまう事になるだろう。常に新しいム-ブメントに目を向けていたい。いや、新しい物なんて存在しない。繰り返しているだけだ。利口な奴らはいい部分をちょっとずつ盗み出して、リミックスしているだけにしかすぎない。だから何を聞いても、知っている気がするのだ。ありとあらゆる箇所に触手を伸ばした毛細血管は、どんなに絡み付いても繋がっている。絡まった繊維を解く根気さえあれば、全ての事柄は解読可能だ。

「そうや、音や!あの時、変な音が鳴ってた。曲かもしれん」

源三はCDケ-スを片っ端からチェックしていった。積み上げられた塔が、ガラガラと音をたてて崩壊していく。

「大きな音たてないで!」

清美の押し殺した声は、源三に聞こえていなかった。取り付かれた様にチェックを繰り返す源三に、清美は背後から羽交い締めにしょうと飛び掛かったが、驚異的な力でいとも簡単に跳ね飛ばされてしまった。前にも一度、経験した事がある。この感触は丸尾の娘、弥生と対峙した時と同じものだ。清美に悪寒が走り抜けた。全く別の人格が源三を占拠している。少なくとも清美にはそう見えた。源三はデッキの中から剥き出しのCDを取り出していた。後ろ姿から表情は読み取れないが、尋常な状態で無いのだけは確かだ。来た時よりも更に、室内の温度が低下していた。吐き出す息が白く拡散していく。緊張状態が時間感覚を麻痺させていた。気が付くと、源三は何事も無かった様な顔をして、こちら側に向き直って不思議そうな顔をしている。

「憶えてないの。貴方が弾き飛ばしたのよ」

「エッ?」

源三が突拍子も無い声を上げて驚嘆した。

「俺が?」

清美は源三との間に一定の距離を置かなければならない事を悟った。(この男、記憶を失うだけじゃ無い。もしかしたら)一気に疑惑の念が溢れ返ってきた。この男もホシの可能性がある。相手のペ-スに巻き込まれてしまえば、真実は見えなくなってしまう。可能性の幅を拡げておく必要がある。しかし、これ以上ここに留まっては居られない。無許可で進入しているのだ。管理人にでも見付かったら面倒臭い事になってしまう。今の段階で源三に自分の真意を悟られては成らない。捜査員で無くなった自分に、心を開きかけているのは間違いない。彼が再び殻を閉じてしまったら、真相を突き止めるどころでは無くなってしまう。何か得体の知れない圧力と言えばいいのか、そう言った力が発揮された可能性がある。力の意味を知る事が、真相を解明する為の鍵となるに違いない。それは弥生の身に起こった真相を知る上でも重要だ。清美は源三を促して、動かした物を元の位置へ戻し、出来るだけ現状維持に努めた。そうしておかなければならない強迫観念に駆られていたからだ。ブレイカ-を落とし、玄関の鍵をピックで掛け、規制線を張り直してマンションを後にした。

生霊 Vol.1へつづく