生霊 Vol.2

生霊 Vol.2

二人は100円パ-キングに車を預けて、駅前の大衆食堂に入った。昨夜からろくなものを口にしていなかった源三は、猛烈な空腹感に襲われていた為、かつ丼の並とたぬき蕎麦の卵入りを頼み、食欲のない清美はコ-ラだけを注文した。暫く何も喋らずに、二人は向き合ったまま天井付近に設置されたテレビのニュ-スを傍観していた。やたら殺人事件が多い。それも虐待死させたとか、痴情のもつれなど、何れも人間的弱者のうんざりする薄っぺらな内容が殆どだ。相変わらず保険金殺人は継続している。自分だけは捕まらないと言う何の根拠も無い絶対的な自信が存在するからこそ、繰り返されるのだ。景気の先行きは見通しが暗いようだ。株の暴落も当たり前になってしまい、銀行が潰れたって驚きもしない。経済大国日本の幻影はとうの昔に崩壊しているのだ。政治家が起こした数々の不祥事もワイドショ-ネタに取り上げられるぐらいで、既に誰もが興味を失っている。正義なるワ-ドは風化し、化石となって地中深く埋められ、再び発掘されるのは皆無に等しいのだろう。

「あんたの事、もうニュ-スでやれへんな。あっと言う間に騒いで、あっと言う間に忘れられていくんやな。サイクルが速すぎるで」

驚異的なスピ-ドでかつ丼とたぬき蕎麦をたいらげていった源三は、無神経な言動を発した。

「何が言いたいの?」

コ-ラだけでエネルギ-補給を行なっていた清美は怒りを露にした。

「あんた、別に悪い事した訳やないんやから、何時までも引き摺るな、いうことや。世間はとうに忘れて次のネタに興味津々やろ」

笑った源三の目に、悪意の色は見られなかった。深読みをすれば、刑事を辞めたんだから、これ以上、捜査を継続するのは辞めたらどうだ、という意味か。暗黙のうちに自分が犯人だから、事故扱いになったものをわざわざ蒸し返さないでくれ、と言っている様にも聞こえる。真相を暴くだけが全てじゃない。知らなくてもいい事だって、世の中には沢山ある。暴き出したはいいが、かえって人を不幸に陥れてしまう事態も有り得るだろう。それとも、何日も食べ物が喉を通らずに無理矢理、飲み込んでも、すぐに嘔吐してげっそりと頬を扱けさせたみすぼらしい女を見るに見兼ねて言ってくれたのか。清美の中であらゆる分析が交差した。人から心配などされた事は無かった。それだけ気を張って、女を捨ててまで必死に遣って来たのだ。源三の気遣いが、押し付けがましくなく伝わって来る。正直、嬉しかった。清美は源三の掛けてくれた言葉を捻くれて解釈するのを辞めた。

「清の追跡を断念するのね。会社での人間関係は希薄だし、交遊関係を洗えなくは無いけど、有力な情報を引き出すのは難しいと思う。清は極端に人間関係を拒絶するタイプよ。外見で判断するのは誉められた事じゃないけど、私の直感、結構、的を射てるから」

「長年培ってきた感やろ、刑事さん」

「その刑事さんって言うの止めてくれない。悪気は無いんだろうけど、嫌味に聞こえる」

源三はMA-1のポケットを探って、名刺を一枚取り出した。随分前に清美が手渡した物だ。

「そしたら中川清美さん。何て呼ぼか?取り敢えず、清美にしとこか」

悪い気はしなかった。名前で呼び捨てにされるのは学生以来だ。忘れていた感覚が蘇り、後退していた気持ちが前向きになる感じがした。

「それじゃあ、貴方は源三でいいわね」

源三の笑い声が小気味よかった。犯人かもしれないと、疑いを持っているにも拘らずだ。

Vol.3へつづく