生霊 Vol.6

生霊 Vol.6

源三がようやく落ち着きを取り戻したのは、車の助手席に座ってからだった。清は自分達の極まじかに居た。その事が却って清美の警察官魂に火を付けたようだ。

「あんな所に居たなんて!」

清美は頻りに悔しがった。

「のぞみに乗ったかもしれんし、清美に気が付いて逃げたかもな。どっちにしても、あそこに居ったんは偶然や無いやろ」

源三は嫌な胸騒ぎを覚えた。甘利の言った事が気になり出したのだ。あの狼狽ぶりから考えても、迫り来る得体の知れない何かに恐怖している。本当に祟り殺されると信じているのだろうか。他人事では済まされない。源三自身にも大きく関係しているからだ。

「一緒に御祓いって言うてたけど、俺も祟り殺されるんか」

口に付いて出たとたん、源三の背筋に悪寒が走り抜けていった。訳も無く後方が気になった。後部座席に誰かが座っていそうで、圧迫感を感じる。恐る恐るル-ムミラ-を覗いてみるが、何も居るはずがない。振替って確認しょうとするが、身体が固まっていて上手く出来なかった。フロントガラス越しに飛び込んで来る街の風景が、何時もより露出オ-バ-ぎみに見える。対向車両のヘッドライトや信号機、ショ-ウインドウの光源が一様に発光している。眼球の露出機能が、昼間の時点に固定されているようだ。ル-ムミラ-に後方を走っている車のヘッドライトが反射した。意識が明確でなくなっている。運転席に目を遣ると、清美がじっと前を見据えたまま、固まっていた。質感が無い。対向車両のヘッドライトが清美に向かって照射され、目が開けていられないぐらい、目映い光に包まれた。走行音が反響したが、直接、聞こえているのではない。身体全体を取り巻いている呼吸のリズムがおかしい。吸った息が吐けなかった。止めどもなく呼吸過多になっていく。脳に送られる酸素の許容量を遙に超えているに違いない。音が無くなった。何も聞こえない。重力に逆らって身体がシ-トから僅かに浮かんでいる。外部からではなく、内部から耳をつんのめく程のノイズが共振してきた。お経を発声しているように聞こえる。いや違う。聞いた事のある曲かもしれない。拒絶しようとするが、身体に力が入らず麻痺している。食堂に異物感を感じた。太く長いものが逆行して来ようとしている。口がだらしなく開き、舌が歪に痙攣していた。
清美が覗き込んできた。何かを言っている。口元が恐ろしくゆっくりと、開いたり閉めたりを繰り返していた。異物感は喉もとまで達している。
突然、フロントガラスに額を打つけそうになるぐらいの重力に逆らった衝撃が走った。身体に食い込んだシ-トベルトの激痛が唯一、現実感を帯びていた。呼吸は回復していたが、息が異様に上がっている。手の平と足の裏がジンジンしていて、微弱な電流を流されているようだ。身体が重い。重力が戻ってきたのだ。フロントガラス越しに通り過ぎて行く車の走行音が聞こえる。異物感は胃の奥、深くに鳴りを潜めてしまったようだ。清美の高ぶった声が強調されてくる。

「しっかりして!私が解かる?どうしたの、どうしたのよ!」

叫びと共に身体が強く揺り動かされた。大体の状況は認知出来るようになった。受け答えも出来る。

「金縛りや。急に金縛りに遭うたんや」

「びっくりするでしょう。急に白目向いて痙攣するし、変な声で唸るから」

落ち着かせようとしてくれたのか、清美は煙草に火を付け、そのまま口にくわえさせてくれた。フィルタ-が微かに湿っていて、口紅の味がした。煙を吸い込むと、鎖骨からあばらにかけて痛みが走った。

「こんな事、よくあるの?」

「子供の頃はしょっちゅうやったけど、最近は滅多に無い。甘利の言う通り、祟られてるかもな。身体の中にごっつい異物感があった。こんなん初めてや」

「変な事、言わないでよ。祟られるなんて、あるはず無い」

「そういうの、拒否せ-へんのと違うん」

「拒否も何も、祟りなんて一種の迷信でしょう。全ては脳が引き起こした現象よ。体調が悪いと誰だって起こる変調だから。私が拒否しないのは、もっとサイキック的な分野よ」

「サイキック?」

清美には到底、似合わない言葉だったので、源三は思わず聞き返してしまった。

「例えば、手を振れないで物を動かすとか、そういう事よ」

清美はそのまま口籠ってしまった。源三もそれ以上、聞こうとはしなかった。暫く走って、車は源三のアパ-ト近くに到着した。

Vol.7へつづく