生霊 Vol.7

生霊 Vol.7

「悪いんだけど、今日、泊めてくれないかな。マンション、まだマスコミが張ってるから、帰りづらいのよ。二三日すれば諦めると思うから、それまでいいかな?」

清美にしては、妙に突っけんどんな言い方が、源三に「行く所、無いんやな」と悟らせた。自分としても、誰か側に居て貰った方がいい。言い知れぬ“何か“が伸し掛かっているようで、実際、甘利の話しに危機感を感じていた。

「別に構へんけど」

源三は出来るだけ感情を押し殺して承諾した。手放しで喜んでいると思われるのもシャクだし、何処にも行く所の無い寂しい女を、哀れんでいると捕えられるのも嫌だった。人の事を心配している余裕は無い。さっき感じた異物感は消えた訳ではなかった。身体の奥深くに、じっと息を殺して潜んでいる。

清美はレンタカ-を返却して、身の回りの物をコンビニで揃えてくるという。源三は一足先に部屋へ戻って片付けることにした。悪臭の根源になっているシンクの中に溜まった洗い物を済ませ、テ-ブルの上に散乱している細々した物を片付けて窓を全開にした。冷たく透き通った外気が、室内に沈滞していた澱んだ空気を浄化していった。
床に散乱したビ-ル缶と焼酎のボトルは、ス-パ-で貰ってきたポリエチレン袋に詰めて玄関口に積み上げ、書きかけだった原稿用紙は書類袋に入れて、甘利から手渡された書類封筒と一緒に本棚の隙間へ突っ込んでおいた。仕上げにリサイクルショップで購入したハンディ-タイプの掃除機を掛けたが、充電が十分でない為、全く意味が無かった。
ドアチャイムが鳴り、コンビニ袋を両手に抱えた清美が戻って来た。帰って来るなり、テ-ブルの前にドカッと座り込んで、ビ-ル缶やウイスキ-のボトル、つまみ類をいっぱいに広げていった。

「飲むでしょう」

源三の返答を待たずに清美はプシュと音を立ててプルトップを引上げ、喉の奥をゴクゴクと鳴らした。源三は飲むのをためらっていた。身元不明の少女と法子の事が、解決した訳では無かったし、また同じ事態を引き起こしてしまう可能性を除外出来なかった。記憶欠落は自分の意志とは別の次元で起こっている。原因が酒であるのは間違いない。窓を全開にして、そんなに時間が経っていないはずなのに、室内は冷えきっていた。吐き出した息が白く、指先がかじかんでいる。源三はサッシを閉め、カ-テンを引いた。躊躇している源三を見透かしているのだろうか、清美はDVカムのスイッチ入れてテ-ブルの上に置いた。

「その為に買ったんでしょう」

ビュ-ファインダ-に清美の上半身が浮かび上がった。清美の正面にドカッと座った清美は、何か煽られているような気分でプルトップを引き上げた。

「四日間も食ってないと、さすがに応えるわ。こんな私でも精神が参ちゃうんだから。だけど、人間って悲しい生き物ね。結局、腹が減って何時の間にか麻痺して、忘れようとしている。」

「防衛本能やろ。もしかしたら人間だけが持ってる特権かもな。忘れる事で救われる」

「そうしたら源三も飲めよ。私はその辺の女と違うのよ。襲い掛かって来ても、身体に護身術が身に付いているから。貴方を押さえ付けるのだって、簡単だって」

胡座をかいた清美は、わざと男っぽく振舞ってみせた。欲を消去させようとしているのだろう。酔った勢いで押し倒してしまう事態だけは免れそうだ。源三は勢いよく飲み干して、二本目を開けた。室内が冷え切っていたので、酔いが回らなかった。電気スト-ブを全開にしたが、一向に暖まる気配はない。ただ、安心感があった。説明は付かないが、何とかしなければ、といった無理矢理、奮い立たせた使命感は存在しない。依存しているのではなく、自然に生まれたと言っていい。こういう感覚は今までに無かった。

協力者 Vol.1へつづく