福居ショウジンの秘蔵小説

二九一号室ノ住人

プロローグ

1 / 2

身元不明の少女 Ⅰ

1 / 2 / 3 / 4 / 5

身元不明の少女 Ⅱ

1 / 2 / 3 / 4

身元不明の少女 Ⅲ

1 / 2 / 3

弥生

1 / 2 / 3 / 4 / 5

291号室

1 / 2 / 3 / 4 / 5
6 / 7 / 8 / 9

第二の事件

1 / 2 / 3 / 4 / 5
6 / 7

リプレイ

1 / 2 / 3

見殺し

1 / 2 / 3 / 4 / 5

再捜査

1 / 2 / 3 / 4 / 5

生霊

1 / 2 / 3 / 4 / 5
6 / 7

協力者

1 / 2 / 3 / 4 / 5
6 / 7 / 8 / 9 / 10
11 / 12 / 13 / 14 / 15

潜伏

1 / 2 / 3 / 4 / 5
6 / 7 / 8 / 9

果て無き興亡

1 / 2 / 3 / 4 / 5
6 / 7 / 8 / 9

再捜査 Ⅱ

1 / 2 / 3 / 4 / 5
6 / 7 / 8 / 9 / 10

エピローグ

1

潜伏 Vol.2

「はい、谷茂です。あっ、中川警部補。お久しぶりです」

「警部補じゃないわよ。もう、止めたんだから」

「あっ、失礼しました。それで、どうされたんですか」

中野警察署をやめてから、考えてみると一週間しか経っていないのに、グウタラで使えなかった谷茂が、声だけの判断だから実際のところは解からないが、随分と成長している感じがした。

「一応、教育係やってたじゃない。その後、如何かと思ってね。私の方も少し落ち着いたから」

「有難うございます。自分もあれから二見課長にしごかれてます」

「言葉使いまで変わったわね」

「はい。皆さんに随分、注意されましたから。只、なかなか現場に出して貰えないんですよ。最近は本庁のメインにアクセスして、色々と調書を勉強しているところです」

「そう、元気で良かった。それと刑事課の皆さんは?」

「課長はかなりしょげてます」

清美を可愛がってくれた二見課長の姿が過った。課長のことだから自分の事のように責任を感じているのかもしれない。

「身元不明の少女と、福屋法子の件を担当していたじゃない。その後、どうなったかと思って」

「二件ともご存じの通り、事故死として処理されました。少女の身元が判明しないのは残念なんですが」

思わず少女の身元を明かしてしまいそうになった清美は、グッと堪える形になり、会話は暫く途切れてしまった。

「また詳しい事が解かったら、公表出来る範囲でいいから教えて」

「解かりました」

「谷茂、がんばってね。影ながら応援しているから。一応、教育係だったんだから、何か解からないことがあったら、何時でも掛けて来て」

「はい。いや~、凄く心強いです。これからも宜しくお願いします」

携帯を切った清美は頭を切り換えて、後方にDVカムを向けた。源三は驚異的なスピ-ドで書き進めている。時々、パソコンで何やらチェックする以外は、ぶっ通しだ。デスクの上は原稿用紙が高く積み上げられ、層になっていた。

夕方になってラッシュを避ける目的で、護国寺前の不忍通り側にキャンピングカ-を停車させて待機することになった。もう一つの理由としては、目当ての出版社が近くにあるということらしい。源三はほぼ書き終えて、マスタ-とデスク前で打ち合わせをしている。清美は運転席から四方八方に細心の注意を払っていた。大通りで渋滞の恐れは無いが、かなりの車両が行き交っている。

突然、助手席側のドアがノックされた。車内に緊張が走り、同時に清美は身構えた。サイド・ウインド-越しに見知らぬ男が立っている。マスタ-が身を乗り出して腕を振り上げ、中に入ってくるよう合図を送った。男は助手席のドアを開け、チラリと清美の顔を見て、そのまま後方のデスク前まで入っていった。三人は直ぐに打ち合わせを始めた。ボソボソと何を言っているのか聞き取れず、耳をすまそうとするが、そうすると、今度は警備に集中出来なくなる。更に、このまま同じ場所に留まっていると、危険度はどんどんレベルを高めてしまう。清美は落ち着き無く、前方と後方の確認を繰り返した。マスタ-が清美の様子を察したようで「清美さん、この周辺グルグル回ろうよ」と声を掛けてきた。清美は即座に発進させ、池袋に向かった。車内では打ち合わせが進められている。見知らぬ男の「いいんですか?」と連発する声が響いてくるだけで、まるで内容は掴めない。男の声のト-ンから、高揚しているのが唯一、解かるだけだ。清美は池袋六又陸橋から春日通りにタ-ンするように走らせ、営団丸の内線、新大塚駅のロ-タリ-を通過して不忍通りに右折させた。同じコ-スを回れば、追尾車両を特定しやすい。五周目に差し掛かったところでSTOPが掛かった。清美は最初と同じ地点にキャンピングカ-を停車させた。男は無造作に原稿を鞄に突っ込んで、今度は清美の顔をしっかり確認してから飛び出していった。清美が不安げに去っていく男の背中を見送っていると、「あいつはベテラン中のベテランだから、大丈夫だ」とマスタ-が透かさず不安感を取り除いてくれた。自然とチ-ムワ-クが生まれているようだ。

マスタ-と運転を交替して、清美は後部ソファ-に源三と並んで座った。源三の表情に達成感は見られない。理由は直ぐに解かった。

「出版されるまで安心したらあかん。途中でストップ掛けられることやって、当たり前の世界や。原稿はツ-パタ-ン書いた。一つは今、渡した公安絡みのやつで、これから渡しに行くんはミチエの霊。あっ、こういう言い方嫌いやったな。ミチエのサイキックバ-ジョンや」

「同時にツ-パタ-ンも出すの?」

「同じネタでも、その方がバリエ-ション拡がるから。読者層も拡がるし、ブレイクさせやすいからな。まあ、これはマスタ-の知恵やねんけど」

マスタ-が振り返りざまに念を押してきた。

「さっきの奴、見た目はやばいけど、差し替えの名人なんだ。パソコン使えばレイアウトや校正もあっという間だが、チェックを入れらたらアウトだ。だからディスクとかメ-ルなんかで入稿出来ない。生原を渡して、奴が印刷ギリギリで差し替えるんだ。輪転機が回っちまえば、こっちのもんだ。後は生原を消去して終わり」

入稿したからといって、安心は出来ないのだ。清美は気を引き締め直して、DVカムを回した。今のところ、源三に異変は無い。マスタ-は明治通りの馬場口交差点を右折して、早稲田通りから高田の馬場経由で高円寺に向かい、環七通りと交差する大和陸橋の下でキャンピングカ-を停車させた。停車するやいなや、運転席に女が近づいて来た。マスタ-はサイドウインド-越しに原稿を手渡し、そのまま発進させた。一瞬の出来事で、清美は傍観しているしかなかった。

Vol.3へつづく

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