福居ショウジンの秘蔵小説

二九一号室ノ住人

プロローグ

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身元不明の少女 Ⅰ

1 / 2 / 3 / 4 / 5

身元不明の少女 Ⅱ

1 / 2 / 3 / 4

身元不明の少女 Ⅲ

1 / 2 / 3

弥生

1 / 2 / 3 / 4 / 5

291号室

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6 / 7 / 8 / 9

第二の事件

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6 / 7

リプレイ

1 / 2 / 3

見殺し

1 / 2 / 3 / 4 / 5

再捜査

1 / 2 / 3 / 4 / 5

生霊

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6 / 7

協力者

1 / 2 / 3 / 4 / 5
6 / 7 / 8 / 9 / 10
11 / 12 / 13 / 14 / 15

潜伏

1 / 2 / 3 / 4 / 5
6 / 7 / 8 / 9

果て無き興亡

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再捜査 Ⅱ

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6 / 7 / 8 / 9 / 10

エピローグ

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リプレイ Vol.1

ライフラインが漸く復活した源三の生活リズムは規則正さを取り戻していた。朝七時には起床し、深夜一時までには床に付いている。睡眠時間はたっぷり六時間ある。一般のサラリ-マンと同じ生活形態は、社会生活をしているんだという意識を高めてくれる。以前なら朝まで飲み続け、出勤途中のサラリ-マンと擦れ違う度に疎外感を覚えていたものだ。それと供に、理由の無い暴力衝動を常に抱えていた。リズムを変えただけで、それら全てが消え失せている。午前中の大半は図書館で資料調べをして過ごし、午後から取材に出かけるといったサイクルが身も心も充実させていく。文化人類学に関する書籍はほぼ読み終えていた。近々、甘利とは浅田ミチエの件で、結果報告をまとめる事になっている。それまでの間、霊能力者と呼ばれている他の先生にも積極的に会い、霊は存在するのかといった入り口から一歩踏み出した状態になっていた。そこまでストイックに臨んでいるのは、これが最後のチャンスだからだ。ホ-ムレスと表裏一体の生活から抜け出したかった。これをきっかけに仕事を極めたい。自分が生きている証が欲しいのだ。数日間、集中力は続いた。時折、田所の事が思い出され、記憶の断片が鮮明に蘇ったりもした。感情が持っていかれている。だからこそ、良い仕事をしたかった。本当の意味で認められ、対等の立場に立ちたいからだ。調査活動は深夜まで及んでいた。

くたくたになって帰り着いたタイミングを見計らった様にバイク便が配達されてきたのは、浅田ミチエの取材から四日程経った頃だった。手渡された小包に差出人は書かれていない。品名の欄にVHSと記されている。疲れていた為、疑いもせず中身を取り出した。ビデオテ-プの他は何も入っていない。そのままデッキにセットした。カラ-バ-が流れた後、何処かの室内が映し出される。画質は鮮明で定点カメラを使って撮影されている様だ。フロ-リングの床が広がり、画面奥に白い壁。ただそれだけで変化はない。反響した音声はレベルが低く、聞き取りづらかった。取り敢えずボリュ-ムを上げてみるが、立ち上がってくるのは残響音だけで退屈な映像は固定されたままだ。イライラ感が増してくる。付けっぱなしのまま、ウイスキ-のボトルに手を伸ばす。原液は口の中で膨張し、胃壁を刺激していった。不意に画面手前を何かが横切った。集中力を刺激される。慌てて巻き戻してみると、猫だと確認出来た。何処でも見掛ける寅模様の猫だ。アパ-トの周りに生息している野良猫もこのパタ-ンが多い。唸り声が飛び込んできた。猫とは性質が違う。唸り声が強くなる。フレ-ムの外から声の主が近づいて来ていると考えられる。期待感が一気に高まっていく。フロ-リングを転がるロ-ラ-音と供に、真っ裸の男女が抱き合ったまま、手前からフレ-ムインして来て、画面中央まで転がっていった。フルショットになった男女の肢体は絡み付いている為、表情まで確認出来ない。喘ぎ声と激しい呼吸音はレベルを遙に超えて、画面一杯に広がった。割れ気味の音声が臨場感を増してくる。女の顔が一瞬、見えた様な気がした。悪意に満ち溢れた嫌な感覚が襲い掛かってきた。編集点を示す歪なノイズが走った。直接カメラからデッキにダビングした時に起こる現象だと推測出来る。同ポジ画面の男女は、重なったまま動かない。物音一つしなかった。しかし、静寂ではない。現にモ-タ-音が継続して唸りを上げている。絡み付いた肢体は微動だにしない。再びノイズが走った。同ポジ画面に男の姿はなく、裸体の女が、一人取り残されている。ロケット状に突き出した乳房に見覚えがある。嫌な感覚を理解した。画面に映し出されている女は、自分がよく知っている人物だ。危うく叫び出しそうになる自分を必死に繋ぎ止めるのが精一杯だった。画面はカラ-バ-に切り替わり、突然、終了した。全身に悪寒が走り、恐ろしいほど手足が震えて止まらなかった。もう一度、リプレイして徹底的に観察する。僅かに覗かせる表情を、一瞬たりとも逃せない。集中力がピ-クに達した。叫び声を上げているのに声にならない。記憶の断片が凄まじいフラッシュバックを起こし、目前に映し出された映像とシンクロし始める。逃れようの無い事実があった。女は田所であり、男は自分自身だ。混乱した思考回路が一つの疑問に到達する。一人、取り残された田所は腕を飲み込む様にして、よく見ると顔面は吐瀉物に塗れている。身元不明の少女が記憶の断片にインスパイアされて割り込んで来た。

田所のマンションに電話を入れるが不通になっている。携帯に掛け直すが、コ-ル音が永遠に繰り返されるだけで応答がない。意識がそこで跡絶えた。

Vol.2へつづく

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