福居ショウジンの秘蔵小説

二九一号室ノ住人

プロローグ

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身元不明の少女 Ⅰ

1 / 2 / 3 / 4 / 5

身元不明の少女 Ⅱ

1 / 2 / 3 / 4

身元不明の少女 Ⅲ

1 / 2 / 3

弥生

1 / 2 / 3 / 4 / 5

291号室

1 / 2 / 3 / 4 / 5
6 / 7 / 8 / 9

第二の事件

1 / 2 / 3 / 4 / 5
6 / 7

リプレイ

1 / 2 / 3

見殺し

1 / 2 / 3 / 4 / 5

再捜査

1 / 2 / 3 / 4 / 5>

生霊

1 / 2 / 3 / 4 / 5
6 / 7

協力者

1 / 2 / 3 / 4 / 5
6 / 7 / 8 / 9 / 10
11 / 12 / 13 / 14 / 15

潜伏

1 / 2 / 3 / 4 / 5
6 / 7 / 8 / 9

果て無き興亡

1 / 2 / 3 / 4 / 5
6 / 7 / 8 / 9

再捜査 Ⅱ

1 / 2 / 3 / 4 / 5
6 / 7 / 8 / 9 / 10

エピローグ

1

身元不明の少女 Ⅰ Vol.1

「ここは何処ですか?」

「・・・・・・・・・」

「あなたは誰ですか?」

「・・・・・・・・・」

「いまは何時ですか?」

「・・・・・・・・・」

この質問をされるのは三度目だった。見当識を確認して、正常か異常かを判断する簡単だが実に的確な質問だ。
源三は狭い部屋の中を見回した。薄汚れた灰色の壁と天井に設置された蛍光灯、錆びて何度もペンキを塗り直した白い鉄格子の填め込まれた窓、中央に置かれたスチ-ル製の机とパイプイスが場所を知る唯一の手懸りだ。目の前にグレ-のス-ツを身に付けた若い男が腕組みをして観察する様な目付きをしている。後方に教師風の中年女が同じ様に覗き込んでいる。若い男は見覚えのある顔だ。今さっきまでの興奮状態が醒め始め、身体が重たかった。顔面が腫れぼったくれ腫れ上がり、頭の芯が微かに痛む。吐く息が異常に熱く、酒臭い。喉の渇きはいくら水を飲んでも癒える事はなかった。記憶を辿ってみると、昨日の夕方、入った居酒屋でビ-ルを飲んだ光景が蘇る。その先を進めようとするが、断片すら出てこない。

「今井源三。前にも言うたやろ。何で俺ここおんねん。また何かしたんか?」

立ち上がろうとするのを若い男が制して来た。

「また憶えてないって言うつもりかよ。四十にもなって分別はないの?毎度、毎度、同じ事の繰り返しだろ。こっちも暇じゃないって、全く・・・」

「何やその口の聞き方は!もうエエやろ」

若い男は執拗に「今日、何日か」を繰り返した。源三の記憶は何時も「今は何時?」が欠落していた。無職で一日中、酒浸りの男にとって今日が何日かと言うのは、たいした問題ではなかった。昨日観たテレビドラマから辛うじて曜日は言えたが、何時もながらにピンとこない質問だった。ところが、中年女には違っていたらしい。

「いいですか、今井さん。よく聞きなさい。金曜日、つまり昨日の事をもう一度ゆっくりと思い出してみて。これはとても重要なことだから。酒が抜けて、はいサヨウナラって訳には行かないんだって。私は貴方が目撃した事を聞きたいんだからね」

威圧的に捲し立てる中年女は生理的な拒否反応を覚える。目や口元、その他、女を構成している全てのパ-ツが不潔で、干からびて見えてくる。鼻の縁にこびりついたファンデ-ションの風化した粉が今にも拡散しそうで、神経を集中してみると、女の吐き出す息は生臭い。疲れきった肉体から分泌される粘ついた唾の臭いだ。自分にも身に覚えはあるが、まだ酒臭い方がましだ。

「寂しい女やな」

頭の中で思ったのか、それとも自然と口をついて出てしまったのか、源三は判然としないまま、やばい感覚に襲われた。中年女が源三の腕を掴み挙げて「よく見てみな」と怒鳴りつけて来たからだ。 恐怖心のない意識で掌にこびりついた血糊を見ても別に何とも思わなかったが、鉄くさい血の臭いが自分を覆っているのを改めて再認識すると、急に胃の中がムカムカとむせ返って、現実が一気に押し寄せて来たのだ。(また誰かと喧嘩でもしたのか?)血糊の着いていない手の甲で顔面の痛みを確認するが、異常は診られない。酩酊状態で乱闘を繰り広げると、身体中の節々がきしんで痛み、口中は血豆だらけになる。舌の先を転がしてみるが、その痕跡は見当たらない。続いて指をグッと握り締めても、痛みは走らない。

「拘留して、思い出してもらいますか」

「時間の無駄よ。都合のいい様に作るだけだから。このオジさん、役に立たないでしょう。引き取ってもらっていいんじゃない」

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